公開日:2026年4月3日

窓の風景から旅する庭へ。「エイドリアン・バーグ:無限の庭園」(広島・広島市現代美術館)をレポート

エイドリアン・バーグの日本初個展が、広島市現代美術館で4月12日まで開催中

エイドリアン・バーグ シェフィールド公園 1985-86年 秋 1985〜1986

イギリスの風景画家、エイドリアン・バーグ。日本初個展を開催

広島市現代美術館にて、イギリスの風景画家エイドリアン・バーグの日本での初個展「エイドリアン・バーグ:無限の庭園」が4月12日まで開催中。約50年に及ぶ画業を通覧する本展は、初期作から晩年の大作まで、豊富な関連資料とともに国内で初めてその全貌を紹介する貴重な機会となっている。

会場風景

20世紀後半のイギリスを代表する風景画家のひとり、エイドリアン・バーグ。1929年ロンドン生まれの彼は、著名な心理学者を父に持ち、ケンブリッジ大学で医学を学んだのち芸術の道へと転身。チェルシー・スクール・オブ・アート、セントラル・セント・マーチンズを経て、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に進学した。同期にはR.B.キタイ、ポール・ハクスリー、そしてデイヴィッド・ホックニーといった後世に名を残す画家たちがおり、バーグは才能と人柄の良さを兼ね備え、際立った存在だった。ホックニーへの影響は創造的側面と社会的側面の双方に及び、同性愛が犯罪とされていた時代に公然とゲイであることを表明したバーグは、若きホックニーにとって重要なロールモデルでもあった。

作家のスケッチブック
会場風景

RCA卒業後はコマーシャルギャラリーと美術館の双方で精力的に作品を発表する傍ら、セントラル・セント・マーチンズやキャンバーウェル・カレッジ、そして母校RCAで後進の育成にも情熱を注いだ。機知に富んだ教育者として学生たちからも愛されていたという。

リージェンツ・パーク時代と制作の原点

第一章では、リージェンツ・パーク時代の作品を紹介する。1961年のRCA卒業と同時に、バーグはロンドンの王立公園リージェンツ・パークに面したグロスター・ゲートへ移り住む。ジョン・ナッシュ設計の三日月形集合住宅の上階に構えたアトリエの窓から望む公園の風景は、以降20年以上にわたって制作の中心的な主題となった。ジヴェルニーがモネにとってそうであったように、この場所はバーグにとって芸術家と「庭」という稀有な協働関係が育まれた場だった。

左から、《グロスター・ゲート(リージェンツ・パーク)、2月・3月・4月・5月・6月》(1977)、《グロスター・ゲート(リージェンツ・パーク)、夏、秋、冬》(1977)

バーグがもっとも関心を寄せたのは、樹木の成長に見出される季節の移ろいと、刻一刻と変化する光と時間の変化だった。彼が編み出した独自のスタイルは、定点観測的に描かれた複数の風景を、異なる時間軸ごと一枚のキャンバスに落とし込むものだった。《グロスター・ゲート(リージェンツ・パーク)、2月・3月・4月・5月・6月》では、異なる時間を横断するなかで得られた多様な感覚が画面上で統合されている。また、俯瞰的な視点で描かれた《リージェンツ・パーク、グロスター・ゲート、4月》では、従来の遠近法による秩序を排し、公園全景をとらえようとする身体的、そして時間的な経験そのものがキャンバスに織り込まれている。

エイドリアン・バーグ リージェンツ・パーク、グロスター・ゲート、4月 1982

1980年代半ば、賃貸契約の事情からバーグはケンブリッジ・ゲートへ転居。ロンドンを離れる可能性も現実味を帯びるなか、キューガーデンなど新たな場所での戸外制作を取り入れ始め、次なる表現の探究を模索し始める。

旅と記憶が生み出した新たな作風

第二章では、ロンドンを離れ、イースト・サセックス州南海岸のホーヴへ移り住んでからの作品を展示する。以降、彼が絵画探究の場として選んだのは、イギリス各地の風景式庭園だった。「庭園や公園は人間が自然からつくり出したもの」と語ったバーグは、サセックスのシェフィールド公園、ウィルトシャーのストアヘッドへと制作の視野を広げていった。また2000年代には広く旅をし、セビリアのアルカサル庭園、チェンマイのピン川沿い、オーストラリアやニュージーランドの植物園でも新たなインスピレーション源を得た。

会場風景

この時期、バーグの制作スタイルにも大きな変化が生まれた。アトリエの窓から直接眺めることができたリージェンツ・パークとは異なり、新たな主題となった庭園へは足を運んで現地でスケッチや水彩画を描き、それらをもとにアトリエへ持ち帰ってキャンバスに仕上げるという流れに変わったのだ。時には数年前に描いたスケッチを見返しながら制作することもあり、実際に目にした風景とキャンバスに向かう時間のあいだには、大きなへだたりが生まれた。その分、バーグ自身の記憶や感覚が作品のなかで表現されるようになり、細かな描写よりものびやかな形が増え始めた。

エイドリアン・バーグ ダイアモンド・リバーサイド・ホテルより、チェンマイ、10月 2001

特に晩年の大作《ストアヘッド、6月25日・26日・27日》(2000年)は、3枚のパネルによって横に大きく展開された横長のパノラマ作品だ。異なる日に現地を訪れた時間軸がひとつの画面に再構成されており、湖面の鏡像的な反射と、90年代後半から取り入れた絵具を垂らす技法が生み出す垂直の軌跡が、みずみずしい色彩のなかで重なりあう。アトリエで記憶を呼び起こしながら制作された晩年の傑作は、見る者を絵画空間ごと包み込むような圧倒的なスケールを持つ。

エイドリアン・バーグ ストアヘッド、6月25日・26日・27日 2000年
エイドリアン・バーグ ツリーハウスより、リッポン・リー、メルボルン、11月7日 2001

本展覧会の「無限の庭園」というタイトルは、バーグが描き続けた庭園の豊かさと、天候・季節・光によってとめどなく変化する自然そのものの姿を言い表している。ひとつの風景に幾重もの時間と視点を織り込んだその世界は、いまもなお、見る者に新たな発見をもたらし続けるだろう。

福島 吏直子(編集部)

福島 吏直子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。編集者・ライター。