公開日:2025年10月17日

山、メディテーション、そして美術館。アントニー・ゴームリー、ジェームズ・タレルの作品を巡る、韓国のMUSEUM SANレポート

アントニー・ゴームリー Ground

韓国・江原道の山あいにひっそりと佇むMUSEUM SAN(ミュージアム・サン)。ソウルから車でおよそ1時間半、徐々に視界が開けていく峠道を進むと、自然石とコンクリートによる抽象的な構造物が姿を現す。設計は安藤忠雄。自然光と幾何学の交差を基軸とした建築は、美術館というよりもむしろ「聖域」のような佇まいを見せる。

ここでは現在、アントニー・ゴームリーの屋外インスタレーションや、ジェームズ・タレルの光の恒久展示を含む4つの主要エリアを、ガイド付きツアー形式で巡ることができる。本稿では、建築・作品・空間構成に注目しながら、その一連の流れをレポートする。

ドームの内部に広がる静謐──ゴームリー《Expansion Field》

ツアーは、地下通路を抜けた先にある半球状のドーム空間から始まる。高さ約7メートル、直径25メートルに及ぶコンクリート造の空間の中心には、7体の人体彫刻が静かに並んでいる。これは英国の彫刻家アントニー・ゴームリーによる《Expansion Field》シリーズの一部。人間の身体を立方体や直方体で再構成した抽象彫刻は、鋳鉄による重厚な質感と、時間の経過とともに酸化した赤褐色の表面が特徴的だ。

ドーム天井にはわずかな開口部(オクルス)があり、そこから落ちる自然光が彫刻に輪郭を与えている。照明は一切使われておらず、時間帯や天候によって光の強さ・角度が変化する。

彫刻は座る、立つ、横たわるなど複数のポーズで配置されているが、いずれも顔や指などの明確な部位はなく、記号的な身体性として提示される。その無名性は、空間との関係性や重力との応答を際立たせている。

アントニー・ゴームリー Orbit Field II

「見ること」を再構築する──ジェームズ・タレルの三部作

次に案内されるのが、館内の別棟に位置する「タレル館」だ。ここでは、アメリカの光と空間のアーティスト、ジェームズ・タレルの3作品《Sky Space》、《Ganzfeld》、《Wedgework》が恒久展示されている。

《Sky Space》は、天井に四角い開口部が設けられた部屋。室内には人工照明はなく、空だけが唯一の「スクリーン」となる。開口部から見上げる空は、ただの風景ではなく、額縁のなかにある抽象絵画のように見える。時間帯によって青から白、橙へと移ろう空の色は、タレルの「知覚の枠組み」に呼応するものだ。

続く《Ganzfeld》では、視覚が完全に白い光に包まれる。数分間、色彩と明度だけの世界に身を置くことで、「奥行き」や「距離」といった知覚の根本が揺らぐ。

最後の《Wedgework》では、光で構成された仮想の壁や空間を錯覚させる。来場者は暗闇の中で「壁」のように感じる光を見つめ、自らの視線がどこに触れているのかを問い直す。

これら三作は、いずれも「光を使って空間を彫刻する」タレルの実践が凝縮された構成となっている。建築と一体化された展示空間が、その知覚体験の強度をいっそう高めている。

Xin Tahara

Xin Tahara

Tokyo Art Beat Brand Director。 アートフェアの事務局やギャラリースタッフなどを経て、2009年からTokyo Art Beatに参画。2020年から株式会社アートビート取締役。