公開日:2025年10月25日

アート・バーゼル・パリ2025(Art Basel Paris)が開幕。ヨーロッパのマーケットの中心はパリになるのか。狂騒のアートウィークをレポート

ヨーロッパで最大規模のアートフェア、アート・バーゼル・パリ2025が開幕した。バーゼルのほか、市内のサテライトフェア、各ラグジュアリーブランドによる展覧会をレポートする

アート・バーゼル・パリ 2025 内観。奥のタコの足は村上隆とルイ・ヴィトンのコラボレーション

ヨーロッパで最大規模のアートフェア、アート・バーゼル・パリ 2025(Art Basel Paris 2025)が開幕した。今年はフェア開幕前から、ディレクター退任の報道が注目を集めた異例の展開だったが、会場ではその緊張感を跳ね返すような活況を見せた。新ディレクターKarim Crippaの就任も現地時間10月24日に正式発表され、パリ版バーゼルが次章へ移る節目の年となった。

アート・バーゼル・パリ 2025

「アヴァン・プルミエール」導入で、VIP選別がさらに細分化

今年のアート・バーゼル・パリでは、従来の「ファースト・チョイス」よりもさらに早い時間帯として、「アヴァン・プルミエール(Avant Première)」が新設された。
限られたトップコレクターを対象に、各ギャラリーが5、6名程度のインビテーションに絞って招待したとされるが、それでも会場は熱気に包まれた。

この動きは、コレクターの射幸心を刺激し、より上位層を囲い込もうとするパリ特有の戦略でもある。プレス向けの入場枠は「ファースト・チョイス」にすら含まれず、翌日の夕方以降に限定されるなど、香港やバーゼルとは異なる階層の演出が際立っていた。

メイン会場では、206軒を超えるギャラリーによる展示が並び、歴史から最先端までを横断する構成が目立った。たとえば、ガゴシアン(Gagosian)は17世紀のルーベンス 《The Virgin and Christ Child, with Saints Elizabeth and John the Baptist》を出品して話題になった。古典美術をコンテンポラリーの文脈に持ち込む“ルール破り”でもある。

ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens) The Virgin and Christ Child, with Saints Elizabeth and John the Baptist


また、マリアン・グッドマン(Marian Goodman Gallery)は30周年を迎え、アンリ・サラらを軸に“ギャラリーのアイデンティティ”を改めて提示。新興ギャラリーを対象とする「Emergence」セクションでは、Galerie DREIがドイツ出身のミラ・マン(Mira Mann)による韓国の移民労働の歴史を参照したインスタレーションを出展し、高い評価を得ていた。

ガラスを隔ててオルゴールを鳴らすアンリ・サラ作品
ミラ・マン(Mira Mann) objects of the wind 2024

ファーガス・マカフリーではOFFSCREENでも個展を開催している久保田成子のほか、カロル・ラマ(Carol Rama)、ビルジット・ユルゲンセン(Birgit Jürgenssen)といった歴史に埋もれてきた女性アーティストが際立っていた。

ファーガス・マカフリーのブース。メレット・オッペンハイム、カロル・ラマの作品が並ぶ
ダナ・アワルタニ(Dana Awartani) Let me mend your broken bones 2024
キャンディス・ウィリアムズ(Kandis Williams) (左)Ward: the most dangerous woman in the world, notes on Gyeongju-si, Niigata, Fredia 2025、(右)Ricochet: Post-event stars light the darkness over a sea of sacrificial bodies 2025

OFFSCREEN:サルペトリエール病院跡地にて

ビデオアートやインスタレーションを中心とする「OFFSCREEN」は、今年の会場は、サルペトリエール病院構内のチャペル、La Chapelle Saint-Louis de la Salpêtrière。17世紀にホスピスとして建てられ、後に神経・精神医療施設となったこの場所は、建築家ルイ・ル・ヴォー(Louis Le Vau)が起案し、リベラル・ブリュアン(Libéral Bruant)が完成させたギリシャ十字形のプランと、中央のオクタゴナル・ドームが特徴的だ。巨大な教会空間がそのまま展示空間となり、歴史的記憶と映像・インスタレーション作品が交錯する舞台となっていた

OFFSCREENメイン会場のサルペトリエール病院跡地
聖母子像やパイプオルガンなどが残る非常に場の空気の「強い」空間でのフェアだ Yarema Malashchuk & Roman Khimei You Shouldn't Have to See This 2024

Paris Internationaleはシャンゼリゼの一等地で

若手ギャラリーを中心に構成される「Paris Internationale」は、今年はシャンゼリゼの歴史的ビルを使用。ブースごとに特徴あるプレゼンテーションがなされていて、フェアの中でもひときわ発見が多かった。日本からは小山富美夫ギャラリーHAGIWARA PROJECTSが参加。

Paris Internationale会場風景


ASIA NOWはモネ・ド・パリ(パリ造幣局博物館)

アジアのギャラリーやアーティストを紹介する「ASIA NOW」は、今年もモネ・ド・パリ(Monnaie de Paris)で開催。韓国、中国、日本などの新興ギャラリーに加え、モーゼス・タン(Moses Tan) ら、アジア・ディアスポラの作家が注目を集めた。

JW Projectsのブースでのモーゼス・タン(Moses Tan)によるプレゼンテーション

ラグジュアリーブランドと美術館が一斉に仕掛ける「パリのアートウィーク」

アート・バーゼル開催に合わせ、ルイ・ヴィトンミュウミュウなどのラグジュアリーブランドも相次いで展覧会や特別プログラムを展開した。
とりわけフォンダシオン ルイ・ヴィトンではゲルハルト・リヒターの過去最大規模と言える、大回顧展「Gerhard Richter」が開幕し、ヨーロッパ各国から多数のVIPが集まった。バーゼルのフェア会場にも各ギャラリーからここぞというタイミングでリヒター作品が溢れている。

フォンダシオン ルイ・ヴィトン会場風景 ゲルハルト・リヒター 4096 Farben 1976

リヒター展の様子は後日レポートする。

ミュウミュウはヘレン・マーティンによる没入型の演劇体験

「30 Blizzards.」

いっぽうで、アート・バーゼル・パリのパブリックプログラム公式パートナーのミュウミュウ(Miu Miu)は、イギリス人アーティスト ヘレン・マーティン(Helen Marten)による新作インスタレーション 「30 Blizzards.」 を、イエナ宮で発表(10月22日〜26日、要登録)。

彫刻と映像を中心に、幼年期や共同体、内面と喪失といったテーマを、30人のパフォーマーによる身体表現とともに構成した。演出はファビオ・ケルスティッチ(Fabio Cherstich)、音楽はベアトリス・ディロン(Beatrice Dillon)が担当。

カルティエ現代美術財団もリニューアルオープン

さらに、カルティエ現代美術財団(Fondation Cartier pour l’art contemporain)はパリ中心部のルーヴル美術館の向かい(2 Place du Palais-Royal)に新拠点をオープンした。

もともと1854-55年に建設され、かつてグランドホテル・デュ・ルーヴルおよびグランマガザン・デュ・ルーヴルとして使われていた建物を、建築家ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)が改修。8500m²のスペース(うち6500m²が展示面積)を備え、内部には可動プラットフォームなどを組み込んだモジュール設計がなされている。

オルガ・デ・アマラル(Olga de Amaral) Muro en rojos 1982

オープニング展「Exposition Générale」では、日本からは杉本博司横尾忠則川内倫子石上純也といった、これまでに財団とゆかりのあるアーティストが100組以上が参加。

横尾忠則による肖像画の作品。過去に21_21 DESIGN SIGHTでも展示された

建築と都市の文脈を踏まえながら、現代アートのための柔軟な場を構築したこの移転は、財団の再始動を象徴づけるこけら落としだ。

A‑POC ABLE ISSEY MIYAKE

さらに、この期間中には、ファッションブランド A‑POC ABLE ISSEY MIYAKE とアーティスト 寒川裕人/スタジオ Eugene Studio がコラボレーションした特別展示「TYPE‑XIV Eugene Studio project by A‑POC ABLE ISSEY MIYAKE」が、パリ3区 40 Rue Voltaにて10月24日〜26日の期間で行われている。

リック・オーエンスはガリエラ宮で

パレ・ド・トーキョーの向かい側のガリエラ宮では、リック・オーエンスが個展「Rick Owens, Temple of Love」を開催している。ブランドが影響を受けたヨーゼフ・ボイスなどの作品とともに、貴重なアーカイブをふくめたインスタレーションを展開している。会期は2026年1月4日まで。

リック・オーエンス「Rick Owens, Temple of Love」 ガリエラ宮外観
「Rick Owens, Temple of Love」会場風景

ポンピドゥー・センター休館へ

ポンピドゥー・センターは改装に向けて長期休館を控えており、クロージング・プログラムとして蔡國強の花火のパフォーマンスのほか、週末はDJや映像インスタレーション、Spotifyなどがスポンサーの特別企画で市民に開放されている。

ポンピドゥー・センターの屋上の一角がなんとローラースケートディスコに変貌

ヨーロッパのマーケットの中心はパリが担うのか

翻って、バーゼルではハウザー&ワース(Hauser & Wirth)がリヒター作品を2300万ドルで取引したとの報告もあった。一週前のロンドンのフリーズにも参加していた複数のギャラリーにコメントを求めると、パリのほうが圧倒的に活気もあって売れ行きもよいという声が多く聞かれた。

村上隆のルイ・ヴィトンとの新作コラボレーションがバーゼルの会場内で発表されたことも、パリという地との組み合わせとしてもとても納得がいく。

村上隆×ルイ・ヴィトン アーティーカプシーヌ コレクション カプシーヌ ミニ テンタクル

世界経済の先行きの不安のなか、パリが再びヨーロッパのマーケットの中心を担うのではないかという空気が濃厚だ。歴史建築を再利用した会場、美術館やブランドが都市全体で仕掛けるプログラム、といったパリのデスティネーションの豊かさを見せつけられるアートウィークでもあった。

Xin Tahara

Xin Tahara

Tokyo Art Beat Brand Director。 アートフェアの事務局やギャラリースタッフなどを経て、2009年からTokyo Art Beatに参画。2020年から株式会社アートビート取締役。