会場風景より ENCOUNTERS 江記(Kongkee) PRICE / VALUE / TAOTIE 2026
世界的に不安定な情勢が続くなかで開催されたアート・バーゼル香港2026は、アジアのアート市場の現在を映し出す場となった。世界41の国と地域から約240のギャラリーが参加し、昨年は9万人を超える来場者を集めるなど、その規模と国際性は依然として際立っている。
会場には例年通り世界各地からギャラリーとコレクターが集まり、活気も見られたが、その内実には市場環境の変化やコレクター層の移行といった動きも垣間見える。本稿では会場風景とともに、その背景をレポートする。
行くたびにいつも活力を得られる街、香港。2026年の活発さはフェアが始まる前から参加者のあいだでもひしひしと感じるものだった。フェアそのもの以外にも、日本主導のアクティビティとして、今年のヴェネチア・ビエンナーレでの日本館と韓国館の合同での記者会見が開かれた。また、来年4月に第9回目となる横浜トリエンナーレも開催をおよそ1年前にしてバーゼルの会場近くで関係者を囲むブランチを開催していた。

アジア最大級のミュージアム「M+」で23日に行われたパーティーでは、イ・ブルの個展が開催しているなか、韓国のポップスターたちが登場するという、かつてない華やかな一晩でアートウィークはスタートした。
M+のパーティーでは日本にもルーツを持つアーティストのジョシュア・セラフィンも圧巻のパフォーマンスを披露。同じ週のEaton HKでのパーティーにも出演、展示も行っていた。

アート・バーゼル香港では、初日のファーストチョイスにおいてHauser & Wirthがルイーズ・ブルジョワの作品をおよそ4.7億円で、David Zwirnerはマルレーネ・デュマスのペインティングを5.6億円で販売したという一報が出た。

盛り上がる雰囲気とは対照的に、日本のいくつかのギャラリーは反応はいいもののセールスはスローだと語った。いっぽうでペロタンは香港のスペースを昨年閉じているが、ブース内は人気で四六時中ごった返していたりと、必ずしも市場の評価と売れ行きとは一致しているとは言えなさそうだ。

ここ2、3年は中国市場の急減速も指摘されるいっぽうで、東南アジアや韓国、日本などからのコレクターの存在感が増しており、アジアのアートマーケットは構造的な変化の途上にあるとも言われている。同時に中東の不安定な情勢を鑑みて、香港がマーケットでの存在感をここで堅持しておけばアジアは盤石になるのでは、という見立ても聞かれたが、早々簡単なものでもなさそうだ。

そんななかで、日本からのギャラリーを見ていくと、ANOMALYでは今津景が中心となって組み立てた3人の女性作家(今津景、青木野枝、衣川明子)によるプレゼンテーションだ。

NANZUKAは空山基のセクシーロボットをはじめとして、ハビエ・カジェハなど人気のアーティストが並ぶ。



ここ数年の香港では日本のギャラリー勢の活躍は目をひいていたが、先日のフリーズ・ロサンゼルスとも同様に、海外ギャラリーのプレゼンテーションのなかに、歩けばすぐ棒に当たるほど日本人アーティストが目立つ。この流れは、日本がアジアのアートシーンにおいてどのようなポジションを築こうとしているのか、そして同時に世界から日本がどう期待されているかを示すものでもある。


巨大なインスタレーションのセクション「ENCOUNTERS」は、片岡真実(森美術館館長)の統括・助言のもと、イザベラ・タム(M+ ビジュアルアート部門キュレーター)、アリア・スワスティカ(キュレーター、研究者、執筆者)、德山拓一(森美術館シニア・キュレーター)が参加。自然哲学の五行(木、火、土、金、水)になぞらえた展示をフェア会場内に展開している。

火であれば、アピチャッポン・ウィーラセタクンの花火の映像作品、安永正臣の陶芸作品(火を用いた)、が直線で並ぶといった具合に関連性を持たせている。


今年はバーゼル香港にいくつか新しい動きが出ている。昨年12月のアート・バーゼルマイアミに続いて、「Zero 10」というデジタルアートに特化したセクションが設けられた。


いわゆるファインアートとはすこし毛色の異なる雰囲気と客層ながら、多数の来場者が集まっていて注目度の高さを伺わせた。Asprey StudioはQu Leileiの作品をおよそ700万円で、Tim Yipの立体をおよそ560万円で販売したという。

「Zero 10」セクションでは日本からは唯一、草野絵美が√k Contemporaryのブースから出展している。メインの巨大なコンパクト型作品「Ornament Survival」は、実際に90年代の魔法少女の玩具をつくっている工場による製造で、初日に購入された。また、写真作品はNFTとのセットで、かつエディションを持たずに販売されていて、NFTの販売の手法は数年前からより洗練度も増してきている。

ハーバーフロントで開催されている「ART CENTRAL」も、昨年以上の活気を見せていた。

日本からも多数ギャラリーの出展がある。SIDE COREはwamono galleryでのプロジェクトベースの個展も並行して行っている。

また、韓国と香港にギャラリーを構えるJeeum Galleryでは、東京をベースに活動するサリーナ・サッタポンが人気を博していた。


TOKYO MIDTOWN AWARD 2024での受賞作品を再構成した《You and Me and Everyone We Have Met: Hong Kong》(2026)は床に置かれた板への反射を覗き込まないと映像が見えず、立ち止まる来場者が絶えずいた。

香港をベースに長年活動してきた凌佩詩は、自身の皮膚や涙をモチーフにし神経細胞に見立てた和紙の張り子のインスタレーションを展開した。

「ART CENTRAL」ではインドネシア政府がジョグジャカルタのEDSU houseや、バリのPuri Art Galleryふくめ、8軒のギャラリーを誘致する取り組みもあったりと工夫が多い。

いっぽう、昨年まではセントラルのH Queen'sで「Supper Club Hong Kong」という名前のフェアが開催されていたが、オーガナイザーが一部入れ替わり新たなフェア「PAVILION」が生まれた。日本からは神戸のEunoiaと京都のCOHJUが出展。



バーゼルでのDe Sartheのブースに出ていたChan Ka Kiuの映像では、中国の旧正月を祝う花火と、その数日後のイランの戦火の映像が重ね合わせられている。

中東の情勢に気をもむギャラリストがほとんどだが、これまで香港のフェアでは少なかった、アーティストが世界情勢にいちはやく応答する作品のひとつでもあった。

香港の南側エリアの黃竹坑では、キュレーターのトビアス・バージャーが新しいスペース「GOLD」をオープンした。こけら落としの「Certainly」展は大竹伸朗が新作を出す豪華な滑り出しだ。同じビル内のオルタナティブスペース「CURRENT PLANS」でのパーティーも大盛況で、市内中心部以上にアートスペースが勢いづいている。

近隣のRossi & RossiではSlavs and Tatarsが現状の世界情勢にユーモアを交えて呼応する個展をしていたのと、拾壹慈善基金會(Octone Foundation)の青年部によるテンポラリーな企画展「GHOSTLY, GODLY/人間」も香港の過去と未来をつなぐ巧妙なキュレーションでもあった。

こうして海外のフェアを訪れることは、さまざまな国や地域の人々と話す機会でもある。東京から来たよ、と伝えると日本がいかに気配りが行き届いてすばらしいかを語られることもあるし、いまの日本の首相は大丈夫なのかと日中関係を心配もされることもある。日本のアーティストの技法や繊細さ、アイディアをみな褒め称えてはくれるものの、裏を返せばこの機会にそれ以上のなにが提示できるのか問われているということだ。

アート・バーゼル香港は香港にとって外資のアートフェアであり、ローカルのキュレーターや、ギャラリー、アーティストたちがどうそこに呼応できるのか、しようとしているのかも垣間見える。
カオルーンの高層ビルに「Vibrant Hong Kong=活力香港」という文字がプロジェクションされていたが、まさにその通りの地場の持つエネルギーをどう活用していくか、日本にも大いに示唆を与えるアートウィークでもあるだろう。