「美羊味坊」コースで提供される季節の前菜
東京・京橋に位置するTODA BUILDINGで、「美羊味坊(びようあじぼう)」アートスペース化プロジェクトが始動した。同ビルは戸田建設株式会社が建設した地下3階、地上28階建ての高層ビル。アーティゾン美術館を擁するミュージアムタワー京橋に隣接しており、1〜7階はギャラリーコンプレックスやミュージアム、パブリックアートの展示空間を含む芸術文化施設となっている。
そんなTODA BUILDINGで新たなアートスペースを立ち上げたのが、「味坊集団」グループ代表の梁宝璋(りょう・ほうしょう)だ。味坊と言えば"ガチ中華"(中国出身のオーナーによる中華料理店)のさきがけとして2000年に神田にオープンし、都内に15店舗を展開する中華料理の名店。羊料理を主軸とした本格的な中国東北料理と、国内外から揃えた豊富な自然派ワインの組み合わせによって数多くのファンをつくってきた味坊だが、なぜ同グループはアート業界へと進出したのだろうか?
ここでは、代表である梁と出品作家の言葉とともに、プロジェクト実現の背景と新店舗の様子をレポートしたい。
今回のプロジェクトは、10年以上も前から計画されていたもの。「味坊」各店の空間設計・デザインは梁がおもに手がけており、「美羊味坊」は開店当初から食事のみならずアートを内包する場として構想されていた。また、梁は過去に中国で油彩画家として活動しており、もとよりアートとの深い関わりを持つ。茨城県南部にある自社農園の近くには「梁餐泊」というアトリエ付きの別邸があり、そこではアーティスト・イン・レジデンスも定期的に行われていた。
今回のプロジェクトに込めた思いについて、梁は次のように語る。
「『美羊味坊』という店名は美術と美食の『美』、そして私たちのこだわりである『羊』の文字を重ね合わせたものです。幼い頃から絵を描き、その後30年以上にわたって飲食店を経営してきた私は、つねづねアートや美味しい食事に国境はないと考えてきました。美味しい料理とアートが融合する店舗を生み出すことは私にとって長年の夢だったのです」
店内に展示されている作品はすべて購入可能であり、今後は3〜4ヶ月に1回のペースで展示替えが行われる。アーティストの選定は、東京・曙橋でギャラリーYu Harada を主宰する原田雄がアドバイザーを担当。同スペース初となる今回の展示には、関西のマーケットシーンを中心に活躍する現代アーティストの中島麦が招かれた。
中島は「ホワイトキューブの空間と異なり、匂い、音、会話、温度といった要素がつねに画面の周囲を漂う飲食店という場所だからこそできる表現がある」と語り、2020年以降の近作を中心に展示を構成。鮮やかな色彩が重なり合う抽象画はすべて、注ぎ口のついた容器で絵具を流し描く作家独自の手法で制作したものだ。重力によって生み出される色材の様々な振る舞いは、赤と白を基調とした店舗に新鮮な奥行きをもたらしている。
「美羊味坊」の新しさは店舗の展示スペース化のみにとどまらない。本場中国の雰囲気を感じさせるカジュアルな業態が多い「味坊」だが、同店舗は京橋というビジネス街に面していることもありグループ初となる高級業態への挑戦が行われている。羊肉のふわとろ極上獅子頭や、羊肉の小籠包、フカヒレ料理など、「味坊」のシグネイチャーである羊料理を発展させたオリジナルメニューも注目ポイントだ。
そして「味坊」と言えばやはり欠かせないのが自然派ワインだろう。店内の冷蔵庫から自由に取り出してコップでガブ飲みするスタイルは、ファンにとってもはやお馴染みの光景だが、同店舗にはリストが用意されており提供もワイングラスで行われる。梁は「日本のインポーターが輸入する自然派ワインのレベルは本当に高い」と目を細めながら、「羊肉にいちばん合うのはやはりワインだ」と変わらぬ「味坊」らしさへの自信を覗かせた。
"ガチ中華”の名店「味坊」のアートスペース化プロジェクトは、一見してまったく異なる業態へのチャレンジに見えるが、その挑戦は代表である梁のこれまでの経歴と長年の想いによって結実したものであった。今後は「美羊味坊」での展示はもちろんレジデンスの活動もより力を入れていくとのことで、ますます「味坊」のアート領域での活動から目が離せない。
井嶋 遼(編集部インターン)