The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living 1991
*「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。
イギリスを代表する現代アーティスト、ダミアン・ハーストの大規模個展「Damien Hirst: Nothing Is True But Everything Is Possible」が、ソウルの国立現代美術館(MMCA)で3月20日から開催される。会期は6月28日まで。
1965年にブリストルに生まれ、リーズで幼少期を過ごしたダミアン・ハースト。反抗的な青年期に絵を描き続け、ロンドンで美術教育を受けたのち、ゴールドスミス・カレッジ在学中の1988年に自ら企画したグループ展「Freeze」で注目を集める。同展の参加作家らを中心に「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれた作家たちは、その後のイギリス美術界に大きな影響を与える存在となった。
1990年代は動物の死体をホルマリン漬けにしたシリーズなどセンセーショナルな作品を次々に発表し、1995年にはターナー賞を受賞。日本では2022年に「桜」シリーズにフォーカスした個展「ダミアン・ハースト 桜」が国立新美術館で開催されたほか、現在同館で開催中の「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」にもインスタレーションが出品されている。
ハーストにとってアジアでは初の大規模個展となる本展は、1980年代後半から現在に至るまでの実践を4つのセクションにわたって包括的に紹介するもの。初期作から代表作、最新作まで約50点の作品を通して、生と死、宗教と科学、欲望と幻想といった作家が一貫して問い続けてきたテーマが会場全体に展開される。
ハーストは開幕に先駆けて行われた記者会見で、「今回の展覧会を実現してくれたキュレーターの皆さんと館長に、本当に素晴らしい仕事をしていただいたと伝えたい。この展覧会では私の約40年にわたるアーティストとしてのキャリアが紹介されている。キュレーターの皆さんが、とても美しく、すっきりとしたかたちで作品を展示してくれたと思う」と話した。

展覧会の入り口となる第1章「With Every Question Comes a Doubt」は、ハーストの出発点をたどるセクションだ。22点の展示作品のうちのほぼすべてが、20代の頃に制作されたものによって構成される。
冒頭に展示された《With Dead Head》は、死者の頭部とともにニヤリと笑う16歳の頃の作家の姿が写る一枚。初個展の際にプリントして展示されたこの写真や、遺体の写真と医療器具で構成されるインスタレーション《When Logics Die》には、「死」への強い関心がすでに明確に現れている。
ここでは代表的な2シリーズの初期作品も見ることができる。様々な色の点を規則的に配置した「スポット・ペインティング」と、回転するキャンバスによって色彩の配置を偶然に委ねた「スピン・ペインティング」が向かい合うように展示され、秩序と無秩序、制御と偶然という相反したテーマを浮かび上がらせる。中央に浮かぶビーチボールとその下から無数のナイフが刃を向ける《The Fragility of Love》は、その名の通り愛の脆さ、あるいは生の不安定さを想起させる。
さらに「Freeze」展に出品された段ボールの作品《Boxes》をはじめとする日用品を用いたミニマリズムへの関心をうかがわせる作品群や、ゴールドスミス入学前の10代後半から20代前半にかけて独自の芸術言語を模索するなかで制作された、廃屋の素材を組み合わせたコラージュ作品群も見どころだ。これまであまり紹介されてこなかった初期の実験的な作品が多数並ぶのは、本展の特徴のひとつだ。
続く第2章「We Live in Time」では、ハーストのもっとも有名な作品である《The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living(生者の心における死の物理的な不可能性)》が登場。いまにも襲い掛かろうとする瞬間に静止したようなサメの姿には、死への恐怖や、腐敗を遅らせることによる永続的な生への欲望といった、人間が「死」に抱く複雑な感情が表現され、「死の物理的な不可能性」を問いかける。本作は1991年の初展示から数回しか展示されておらず、今回は2012年のテートモダン以来。アジア初展示でもある本展では、借用交渉だけで約6ヶ月を擁し、輸送や設置にも容易ではないプロセスがあったという。

同じくアジア初展示となる初期の代表作《A Thousand Years(一千年)》も本章の中核をなす。ガラスケースの中で、切断された牛の頭部・ウジ虫・殺虫器が共存する本作では、羽化してハエとなったウジ虫が穴の空いた仕切りを通って牛の頭部へと向かい、殺虫器に捕まれば即座に死を迎えるという生と死のサイクルがリアルタイムで展開される。生きたハエがケースの中を飛び交い、床に落ちていく。牛の頭部を裏側から見ると切断面が露わになり、思わず目を背けたくなってしまう。

カトリックの家庭に育ったハーストは、人の信仰をかたち作るシステムに関心を抱いてきた。第3章「The Luxury of Silence」は、宗教と科学、芸術の複雑な関係を探る作品群が紹介される。
「Medicine Cabinets」シリーズの最初期の作品──亡くなった祖母が残した空の薬瓶や医薬品パッケージが祭壇のように並べられた《Sinner》──や、医療器具を整然と配したインスタレーションなど、医療や科学への盲目的な信頼、自らの生をコントロールしようとする人間の欲望に焦点を当てた作品が並ぶ。
無数のカプセルや錠剤が敷き詰められた《Prototype for Infinity》、医療器具が種類ごとにガラスキャビネットに収められた《Invasion》、ホルマリン漬けの魚と魚の骨が対称的に並ぶ《Victim》などからは、「生と死」の探究とともに、収集し分類することへの強い関心も見えてくる。生命力に溢れながら儚く散る桜を描いた「Cherry Blossom(桜)」シリーズの油彩画も、生と死・美と欲望のテーマを喚起する作品として本章で紹介されている。
壁面と床が黒で統一され、荘厳な雰囲気が演出された展示室では、アジア初公開となる《For the Love of God》が公開されている。プラチナで鋳造した頭蓋骨に8601個のダイヤモンドと人間の歯によって構成される本作は、必ず朽ちる人間の肉体と、永遠と美の象徴であるダイヤモンドが一体となった作品だ。当時120億円で落札されたことも話題を呼んだ。背景にはハーストの重要なモチーフのひとつである蝶の羽を数千枚並べて聖堂のステンドグラスのように作り上げた《Contemplating the Infinite Power and the Glory of God》が広がり、頭蓋骨は崇拝の対象であるかのように静かに輝く。美しく完璧な表面のなかで、生身を晒す歯の部分だけが生々しく浮かび上がり、生のリアリティを伝えるようでもある。
さらに神話や宗教的なイメージを取り入れたいくつかの彫刻作品も見ることができる。展示室を出た地下1階の吹き抜けには、体半分が解剖模型となったユニコーンの立体作品が、重ねられた台座の上に象徴的に展示されている。
地下1階フロア最後の展示室では、ハーストが1998年から6年間にわたってロンドンで営業したレストラン「Pharmacy」の一部を再現。薬棚が並ぶ壁、天井からぶら下がる骸骨──本物の薬局と見間違う人もいたというその内装が展示空間に蘇り、その異質さによって現代医学への信頼がいかに視覚と空間によって演出されているかを問いかける。

エスカレーターで2階へ上がった先の「MMCA Studio」では、最終章としてロンドンにある作家のアトリエ「River Studio」が再現されている。窓辺に佇む鳥や生き物を描いた作品を含む多数の絵画が並び、そのなかには現在進行中のもの、未完成のものも含まれる。ハーストは前日夜までこのスペースで作業していたといい、使い込まれた絵筆、絵の具のついた作業着、作家が収集したオブジェなどが雑然と置かれている。自身が絵画への思いを綴ったメモも紹介されており、近年取り組む絵画作品がどのような過程から生まれているのかに思いを馳せることができる空間だ。
本展の記者会見では「なぜいまダミアン・ハーストなのか」という問いが報道陣から投げられた。これに対して美術館は、韓国の観客に重要な世界の巨匠を紹介しながら美術史において意義のある展示をするという検討の結果であること、そしてハーストの実践は現在進行形で変化を遂げているさなかであり、本展は回顧展ではなく個展だと強調した。アトリエを再現した最終章はそれを体現する空間だという。
YBAの時代、20代で美術界にセンセーションを起こした作家も、現在は60代。本展の展示作品の多くは1990年代から2000年代のもので、作家の「いま」を十分に体感できるとは言い難い。ただ、挑発的で視覚的なインパクトを持つハーストの作品を写真などで目にしたことがある人は多いかもしれないが、直接向き合う体験はまた別のものだ。本展はそれを確かめる機会となるだろう。