会場風景
今年3月末、約4年ぶりに待望のリニューアルオープンを遂げた墨田区両国の江戸東京博物館で、特別展「東京都江戸東京博物館リニューアル記念特別展『大江戸礼賛』」が開幕した。会期は4月25日から5月24日まで。
人口100万人を擁した世界有数の大都市、江戸。武士から町人まで、戦のない太平の世を生きた当時の人々が、何を自慢に思いどのような魅力を見出していたのか。約160件もの選りすぐりの作品と初公開資料で解き明かす本展は、すべて同館のコレクションで構成されている。
江戸時代以前、都の人々にとって遠く離れた東国は、見渡す限りすすき野原が広がる茫漠とした風景「武蔵野」として認識されていた。しかし、1603年の江戸幕府の開府以降、武士の都として都市がかたち作られていく。
江戸中期の《武蔵野図屏風》と、詠み人知らずの歌「武蔵野は 月の入るべき 山もなし 草より出でて 草にこそ入れ」を紹介する序章に続き、「第1章:将軍のお膝元 ── 武士の都の形成」では、都市景観を描いた絵画や、江戸城内の生活を彩った奥道具などを通じて、将軍のお膝元としての江戸の顔を紹介する。
政治の中心となっていった江戸には、徳川将軍家直属の旗本や御家人に加え、全国の大名とその家臣など、多くの武士が暮らすようになった。儀礼の場や、武家の女性の婚礼の際などには、家の格にふさわしい華麗な調度があつらわれる。そうした武士の暮らしを支える商人や職人も江戸に集まり、江戸時代中頃の18世紀には、人口100万人の大都市へと発展していった。
やがて経済力をつけた町人たちによって花開いていったのが、現代の私たちも慣れ親しんでいる多彩な娯楽や文化だ。とくに「二時の相撲、三場の演劇、五街の妓楼」と称された、相撲や歌舞伎、そして𠮷原遊郭の存在は、江戸の娯楽の頂点となった。
「第2章:江都繁華 ── 町人文化の開花」では、喜多川歌麿や東洲斎写楽の大首絵、葛飾北斎の《富嶽三十六景》などの浮世絵の名品が一堂に会する。
また、歌舞伎十八番の演目のひとつ「暫(しばらく)」が満員の芝居小屋で上演されている様子や、妓楼の内部を細かく描きこんだ浮世絵の数々からは、当時の熱狂ぶりが伝わってくるようだ。
人口だけでなく木造の建物も過密状態だった江戸の町は、ひとたび火災が起きればあっという間に延焼し、広範囲に渡って消失してしまうことも少なくなかった。次第に消防設備が整えられ、江戸城や武家屋敷の消火にあたる武家火消(大名火消・定火消)や、町屋敷の消火にあたる町火消が組織されていく。
「第3章:火事と喧嘩は江戸の華 ── 消防のエネルギー」では、「火事と喧嘩は江戸の華」と呼ばれたように、火災に立ち向かい、都市のヒーローとして称えられた、火消たちの装束や道具の数々を紹介している。
歌川国芳の門人・歌川芳艶の《江戸花夜の賑(えどのはな よるのにぎわい)》は、人気の歌舞伎役者を町火消に見立てて描いた浮世絵のシリーズ。闇夜に火の粉が舞うなか、色鮮やかな描絵模様の刺子半纏をまとった火消の姿で描かれた役者絵は、現代の我々の目からも勇壮で凛々しく思えた。
「第4章:類を以て集まる ── 交遊と創作のネットワーク」では、18世紀後半の江戸の町で、身分を超えて交遊していた4人の才人たちにスポットを当てる。
大田南畝と狂歌ブーム、平賀源内と蘭学熱、酒井抱一と画塾「雨華庵(うげあん)」、そして曲亭馬琴とベストセラー『南総里見八犬伝』と、いずれも新たな知識や表現を生み出した彼らの活動はとても興味深い。展示室内には、同じ時代に居合わせた人々との知的なネットワークを図式化した人物相関図もあったので、ぜひじっくり読んでみてほしい。彼らの交流を通して生まれた作品群が、より身近に面白く感じられるだろう。
そして本展を締めくくる「終章:花のお江戸に及ばんや」は、当時の人々の誇りだった「江戸っ子」気質と街の賑わいを紹介する。自ら「花のお江戸」と誇った江戸の人々の精神性は、きっと現代の東京にも通じるものがあるだろう。
厳しい火災や社会の変化を乗り越えながら、自らの都市を愛し、京都や大坂と並ぶ文化を育んできた、と自負した江戸っ子たち。彼らが礼賛した「大江戸」の多彩な歴史と文化を総覧できる特別展だ。
Naomi
Naomi