公開日:2026年4月28日

「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」(東京都現代美術館)レポート。「穴」から始まった、絵本という体験

会期は4月25日~7月26日

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景より、『はらぺこあおむし』(1987年版)表紙 Eric Carle: Art, Books, and the Caterpillar is organized by The Eric Carle Museum of Picture Book Art, Amherst, Massachusetts, United States.

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「穴」から始まる、絵本の魔法

絵本作家エリック・カール(1929〜2021)の回顧展「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」が、東京都現代美術館で開催されている。マサチューセッツ州にあるエリック・カール絵本美術館の所蔵品を中心に、絵本の原画、ダミーブック、初期のポスター作品など約180点が紹介される。会期は4月25日から7月26日まで。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景
「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

冒頭の第1章「はらぺこあおむしの誕生」は、グラフィックデザイナーだったカールが自ら文章を書いた最初の絵本である『はらぺこあおむし』(1969)に焦点を当てる。あおむしが食べた「穴」を読者が指でなぞり、物語世界に入り込む。本そのものに体験を埋め込むカール独自のスタイルは、すでにこの一冊で確立されていた。当時のアメリカでは穴あき製本に対応できる印刷会社が見つからず、初版の印刷・製本を日本の会社が担当したというエピソードも興味深い。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景
「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

続いての展示室では、英語タイトルがいずれも「The Very」で始まる虫を主人公とした「五重奏」シリーズ、すなわち『くもさんおへんじどうしたの』(1984)、『だんまりこおろぎ』(1990)、『さびしがりやのほたる』(1995)、『パッチン!とんでコメツキくん』(1999)の貴重な原画が並ぶ。クモの巣を触感で感じさせる特殊印刷、ページを開くと音が出る仕掛け、ホタルが光る演出など、物語世界に読者を引き込む造本上の工夫が、シリーズに通底するカールの思いを示している。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

しかし、本展の見どころはカラフルな原画だけではない。様々な言語で出版された『はらぺこあおむし』、あるいは目の見えない人や見えにくい人も楽しめる「触れる」バージョンなど、本という形式に込められたあらゆる仕掛けと工夫を知ることができる。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景
「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

「退廃芸術」との出会い

第2章「思い出を絵本に」は、カールが絵本作家になるまでの道のりをたどるセクションだ。1929年にアメリカで生まれたカールは、6歳で両親の故郷ドイツに移住。明るかったアメリカから、戦争へと向かい色彩を失っていく街への移住は、少年時代に暗い影を落とした。そんななか、美術の才能を見出した学校の教師がこっそり見せてくれたのが、当時「退廃芸術」として弾圧されていたパブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティスらの作品の複製である。その鮮烈な色彩との出会いが、後にカール作品を貫くことになる色への信頼の原点となった。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景より、演劇ポスター「ガラスの動物園」(1952、複製)

シュトゥットガルト州立芸術アカデミーではエルンスト・シュナイドラー教授に師事し、カールを特徴づけるコラージュの技法を、色とかたちを構成する基礎訓練として体得していく。1952年にニューヨークへ戻った後は、グラフィックデザイナーとして活躍していたレオ・レオーニに直接ポートフォリオを持ち込み、そこから仕事の紹介を受け、製薬業界の広告代理店でアートディレクターを務めた。レオーニ、ブルーノ・ムナーリ、ポール・ランドらが次々と絵本を手がけ始めた1950〜60年代という時代背景のなかで、1967年の『くまさんくまさんなにみてるの?』(1967)をきっかけに、カールは絵本制作に情熱を見いだしていく。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

遊べる本、読めるおもちゃ

第3章「遊べる本、読めるおもちゃ」は、本展のもうひとつの軸であるカールの「造本」に光を当てる。カールが目指したのは「遊べる本でもあり、読めるおもちゃでもある絵本」であり、その実現にはグラフィックデザイナーとしての経験が大きく寄与している。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

たとえば『たんじょうびのふしぎなてがみ』(1972)では、丸い穴や階段状にカットされたページのかたちそのものが、プレゼントを探すための手がかりになる。いっぽう、『とうさんはタツノオトシゴ』(2004)では海藻だけが透明シートに印刷され、めくることで海藻に隠れた魚を発見する。ページをめくるという身体的な行為そのものを物語の構造へと組み込むカールの発想を、原画とともに確認できる章だ。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景より、エリック・カール作『すきな たべもの なーに?』(1983、原語版は1982刊行)
「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

カールのアトリエ、そして日本とのつながり

最終章「エリック・カールのアトリエ」は、カールと日本との関係に焦点を当てる。カールの絵本は1970年に『1、2、3どうぶつえんへ』で初めて日本に紹介され、『はらぺこあおむし』で人気を確立した後の1985年、本人が絵本原画展にあわせて初来日を果たす。以降2017年までカールは何度も日本を訪れている。なかでも決定的だったのが、日本各地に点在する絵本専門の美術館をめぐった経験だった。抽象表現主義がイラストレーションを芸術界の片隅に追いやっていた当時のアメリカに対し、絵本をひとつの芸術形式として深く尊重する文化が日本に根付いていたことは、カールにとって啓示的な発見であった。その体験はやがて、2002年に開館するエリック・カール絵本美術館として結実する。ここはちひろ美術館の創設者・松本猛らの助言を得て構想された、アメリカ初の絵本専門美術館となる。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

本展のメインヴィジュアルもまた、この美術館のためにカール自身が描いた作品だ。あおむしがフレームを掲げ、こちらをのぞき込む構図の絵は、日常の何でもない風景を額縁で囲むことで美術作品のように見つめ直すための「魔法のフレーム」として描かれた。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

さらに東日本大震災で被災した子供たちへの寄付を目的としたチャリティオークション用に制作されたシリーズもあわせて展示され、日本との関わりが晩年まで続いていたことが伝わる。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

会場の終盤では、絵本制作の合間に手がけた抽象作品や最後の絵本となった『ありえない!』(2015)が紹介される。アトリエにそのまま残されていた薄紙、画材、スモックや靴も展示され、2021年に亡くなる直前まで手を動かし続けたアーティストの気配を、来場者は身近に感じることになる。

「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景
「エリック・カール展」(東京都現代美術館、2026)展示風景

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灰咲光那(編集部)

灰咲光那(編集部)

はいさき・ありな 「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。