公開日:2026年1月28日

映画監督・濱口竜介、三宅唱、映画批評家・三浦哲哉が、侯孝賢やビクトル・エリセの演出を語らう。『演出をさがして 映画の勉強会』書籍化記念トークレポート

映画の「演出」とは何か? 世界的に活躍する映画監督と映画研究者が発足させた「映画の勉強会」を追体験するトークイベントで、3者が語り合ったこととは

濱口竜介・三宅唱・三浦哲哉 『演出をさがして 映画の勉強会』刊行記念イベント 2025年12月26日、紀伊國屋書店紀伊國屋ホール(新宿本店内)にて開催

映画監督・濱口竜介、三宅唱、映画批評家・三浦哲による映画の勉強会

書籍『演出をさがして 映画の勉強会』(フィルムアート社)の刊行を記念して、昨年末に行われたイベント「『会って、話し、驚く』──映画の勉強会について」。著者である映画監督の濱口竜介三宅唱、映画研究者の三浦哲哉が登壇し、本書さながらの勉強会が行われた。

『演出をさがして 映画の勉強会』 濱口竜介・三宅唱・三浦哲哉 著 フィルムアート社 2600円+税

書籍『演出をさがして 映画の勉強会』は、映画『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』の濱口竜介監督、映画『きみの鳥はうたえる』『旅と日々』の三宅唱監督、そして同時代を並走する映画批評家の三浦哲哉氏という気心の知れた3人による映画の勉強会の記録である。勉強会では世界の名だたる映画作家の作品をともに鑑賞し、「演出」をテーマにいろいろな角度から対話。2018年から定期的に開催されており、膨大な記録の中から本書ではロベール・ブレッソンビクトル・エリセトニー・スコット侯孝賢(ホウ・シャオシェン)、そして濱口監督作『ドライブ・マイ・カー』、三宅監督作『ケイコ 目を澄ませて』について語られたパートが収録されている。

『演出をさがして 映画の勉強会』 より

年末の金曜日に新宿・紀伊国屋ホールで行われたイベントは、映画ファンで満席。三宅監督、三浦氏が登壇すると、大きなスクリーンにはインフルエンザで急遽リモート出演となった濱口監督が映し出された。「会って、話し、驚く、これが勉強会を端的に表す3つの動詞。勉強会について振り返ると、一緒に映画を観て“驚き”を語らうというのが大きなテーマだったと思います」と三浦。勉強会のほとんどの時間、同じ画面を観て喋っていたという「映画の勉強会」の雰囲気を共有したいという思いから、イベントは勉強会同様、映画を一緒に観て、驚きを語らうという構成に。3人もこれだけの大きなスクリーン、音響設備の整った環境で、現在では入手困難な映像を観られることに興奮を隠せない様子だった。

『演出をさがして 映画の勉強会』刊行記念イベント 会場入口にて

取り返しのつかなさが徹底して表現されている、トニー・スコット

1本目に取り上げられたのは、トニー・スコット監督作『エネミー・オブ・アメリカ』(1998、米国)。偶然、下院議員暗殺事件の証拠を手にしてしまった弁護士ディーン(ウィル・スミス)が、あらぬ陰謀に巻き込まれてしまうというミステリ・サスペンス。下院議員が湖畔沿いでNSA(国家安全保障局)のチームに追い詰められ、暗殺される冒頭シーンを鑑賞した。本書でも3人が「完璧」と唸った場面だ。

「トニー・スコットは身体的・空間的に取り返しのつかないことを起こし、また動物のような生々しいものを導入する。そのようにまずは撮影現場で物理的な変化を起こすような演出をきっちりやっている」(P158)とトニー・スコットウォッチャーである三宅が本書で語ったように、イベントでも「犬問題」と「取り返しのつかなさ」が話題にあがった。

「犬問題」というのは、緊張感のあるシーンで扱うのが難しい犬(動物全般)をあえて登場させること。車が湖に沈んでいく、という撮り直しが難しい場面でトニー・スコットは犬を登場させ、主の横で静かに待たせ、沈んでいく車を追いかけるという利口な演技までさせている。濱口は「ここで犬を絡めるのは本当にすごい」と感嘆しながら、「取り返しのつかなさが犬によってさらに表現されている」と話した。この冒頭は、わずか3分とは思えないスピードと情報量で物語を転換させる。この「追い立てられるようなリズムも、取り返しのつかなさを重ねていくようだ」と三浦も別の角度から同シーンをとらえた。

トニー・スコット監督

三宅が「下院議員は背後の気配に気がつかないのか?」という疑問から、撮影の段取りでスタッフや俳優が違和感を感じたとき、監督としてどのように対応をするかという質問を投げかけた。濱口は「役者の生理的な感覚を大事にしたいいっぽうで、役者としてのやりづらさとキャラクターとしてのやりづらさは必ずしも重ならないので、違いを理解したうえで話をする」と答えた。三宅も「リアリティの基準についてスタッフ含め全員で話す」という。「フィクションの度合いがどの辺りにあるのか、撮影に入るよりもっと前のタイミングで話して、クリアにしておきます」。徹底的な本読み、長い時間をかけて行われるリハーサルなど濱口独自の演出論があるように、対話の重要性をふたりは常々感じているのだろう。

左から、三宅唱、三浦哲哉

「なにを最低限見せるか」という選択がクリア、侯孝賢監督

2本目に取り上げられたのは、侯孝賢監督作『悲情城市』(1989、台湾)。1945年の日本敗戦から台湾激動の4年間を背景に、北部に暮らすある一家の変遷を描いた歴史劇。侯孝賢監督は本作でヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞したのだが、配信はなくDVDも入手困難なため、貴重な作品の冒頭が大きなスクリーンに映される。真っ暗な部屋の中で陣痛に苦しむ女性。うめき声に重なるのは、終戦を告げる玉音放送。そして、出産を待つ男たちの部屋の電灯が灯る。

3人が話題にあげたのは、侯孝賢特有のロングショットによる時間の流れ方だ。勉強会の中で三浦は侯孝賢の手口として、ワンショットの中で起こる「状態Aから状態Bへの変化」という考え方を解説し、三宅は腑に落ちたという。侯孝賢はある場面の中で複数の出来事を映すため、状態AとBのあいだにカメラを置く。状態Aに意識を向けていると、裏では状態Bが進行し、Bを観ているとAはすでに過ぎ去り新たな状況が現れる。そんなふうにして、「意識が決して追いつけない、時間の不可逆的な流れに観客は立ち会うことなく立ち会っている」(P234)と、観客も時間の流れを体験できるように設計されているという。

冒頭のシーンに当てはめて、三浦は解説を重ねた。「最初は男性にフォーカスが当てられていた。停電から明かりがつくと同時にお産が入り込み、生まれた赤ちゃんが気になる。しかし、今度は戦争が終わったことを告げる玉音放送に意識が向いていく。タイムスパンが長いものの終わりと始まりが描かれていて、どちらも場違いでタイミングが合わないというこの映画を象徴しています」

侯孝賢監督

濱口と三宅は、ひとつのシーンに3つの場面がある中でどこを撮るのか、侯孝賢のカメラポジションに注目したという。3つとは、男が待つ空間と、産婆さんと出産する人の部屋、玉音放送によって切り取られた外の空間。同時進行で起こっているため、Aを見るとBを忘れてしまいそうになるが濱口は「こういう大きな痛みが生じるシーンは、うめき声も嘘っぽくなるので表現が難しい」と前置きしたうえで、「映像でなにを見せるのか、見せないのかというのは大きな判断で、見せると映像に強度が出るけれども見せたら危険なものもある。なにを最低限見せるのか、という選択が侯孝賢はクリアですよね」と述べた。おそらく、本物の産婆さんを起用することで、見せる方向に舵を切ったのではないかという考察も。三浦も、この映画において重要なのはカメラポジションだという。「複数の出来事の真ん中に三脚を立てています。カメラを両方が観られる場所に置くことで、渦に巻き込まれるような体感になりますよね」

『演出をさがして 映画の勉強会』 より

ビクトル・エリセが映し出す、完璧な構図

3本目に鑑賞した作品は、ビクトル・エリセ監督作『マルメロの陽光』(1992、スペイン)の冒頭15分。実在の画家アントニオ・ロペスが、初秋から冬までの3ヶ月間、庭で育てたマルメロの実が朽ち果てていくまでを定点観測のように丁寧に描く様子を、記録映画の筆致で追っていく。濱口ははじめてアテネ・フランセで本作を観た際に、「ドキュメンタリーを撮るというのはフィクションを撮るということなんだ」(P86)と衝撃を受けたという。画布のフレームを製作し、絵を描くポジションに釘を差し、マルメロの位置を定規で計測する。綿密にセッティングをする姿はフィクションのような常人離れした素振りであり、いっぽうで積み上げられてきた年月も感じる。

『マルメロの陽光』

台本は一行もなく、起こったことをほぼすべて受け入れたというエリセ。しかし、「そうとは思えないほど完璧な構図が続きますよね」と三浦の発言にふたりもうなずく。「ワンアクションをとらえるのにいちばんいいポジションから撮っていくことをやっている」と感じたという濱口。三宅も「まるでアクション映画のよう。スパイが銃の部品を入れ替えるたびにカットを入れ替えるのと同じように、適切な位置で撮影しようとする意志が感じられる」と同意した。「フレームの選択においてたったひとつの正解なんてものは本当には存在しないものだと思うけれど、あるかのように感じる」(P98)と三宅が本書で語った言葉が重なった。

ビクトル・エリセ監督

エリセはアントニオ・ロペスしかり、『ミツバチのささやき』のアナ・トレントなど、たびたびアマチュアの人物をカメラに映した。三宅は「ビクトル・エリセの発見というのは、同時に被写体の発見でもあった。エリスがたんなる個性的な作家というより、ひとりの映画監督として尊敬できるのは被写体がいつも魅力的で、いつでもすばらしい状態で撮られていることです」と話した。

『演出をさがして 映画の勉強会』 より


「どうすれば、働きながら勉強し続けられるのか?」

最後は質問コーナー。フィルムアート社の担当編集者より「3人は勉強会に準ずるような原体験的なことはあったか?」と質問が投げかけられる。

大学で教鞭をとっている三浦は、大学院の頃に哲学者の千葉雅也、神戸大学教授の大橋完太郎らと勉強会を行っていて「ずっと続けていたら人生が楽しいだろうな」と思えたそう。濱口は、共同で執筆した『ハッピーアワー』の脚本チームの野原位、高橋知由とともに暮らして、映画を観て語り合っていた時期が勉強会のようだったという。三宅は「大学を卒業したら学びの時間がなくなるだろうと焦って、どうすれば働きながら勉強し続けられるのかずっと考えていました」と、勉強会の重要性を自身でも感じていた。そのため、他大の映画サークルに参加したり、『月刊シナリオ』を参考に撮影をしたりしていたという。「働き出すと超実験はできないわけですから、失敗してもいい場所が必要だった。この勉強会ではとりあえず言ってみることができます」

『演出をさがして 映画の勉強会』 より

続いて、「映画制作に携わっていない人間が、御三方のような映画の見方をするためにはどうすればいいか?」と質問。同じく映画監督ではない立場として、三浦は「映画を完成したものとして見ない。別の可能性もあり得たという視点で見ることだと思います」と答えた。三宅は「何か見つけなきゃと思って映画を見ても収穫はない。言葉に残そうとして必死に見ると、あらゆるものを見逃してしまう気がします」、濱口も「発見をシェアしようと映画を観ると、細かいことにとらわれて物語の緊張感がおざなりになりますよね」と話した。

映画から何かを吸収しようと構えそうになるが、濱口も三宅も映画を観る時間が取れなくなってきているという。三宅は「持続した2時間を生活の中で確保することが難しい状況なので、でも1本も観なかったにならないように細切れで観ることも受け入れている」と正直に答えた。

今後の勉強会で取り上げたい監督について聞かれると、溝口健二黒澤明リチャード・フライシャー、もう一度ロベール・ブレッソンという名前があがった。また、本書には収録されていないが、ニコラス・レイダグラス・サーク成瀬巳喜男などの勉強会はすでに行われたため、続刊も期待できる。「公にすることをゴールにすると自由に見逃すことが許容されなくなるので、あまり考えないように」これからも勉強会は続いていくという。

羽佐田瑶子

羽佐田瑶子

はさだ・ようこ 1987年生まれ。ライター、編集者。主にジェンダーやフェミニズムをテーマにした映画や本、アイドル関連のインタビューやコラム執筆を手がける。主な執筆媒体は『BRUTUS』『anan』『QuickJapan』など。映画パンフレットの執筆/編集にも携わり、主な作品に『21世紀の女の子』『永遠が通り過ぎていく』など。