杉本博司 相模湾、江之浦 2025 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto/Courtesy of Gallery Koyanagi
東京国立近代美術館では、杉本博司の初期から現在に至るまでの写真作品を網羅的に紹介する展覧会「杉本博司 絶滅写真」が来年6月から開催される。会期は2026年6月16日~9月13日。
杉本博司は日本を代表する現代アーティストのひとり。小田原文化財団 江之浦測候所など建築の分野をはじめとし、舞台芸術の演出では国内のみならずヨーロッパ数都市やニューヨークにも進出。その活動分野は書、陶芸、和歌、料理と多岐にわたっている。

マルチな才能を発揮する作家だが、その芸術の原点は銀塩写真にある。確たるコンセプトに基づく、独自の表現による作品は、写真がデジタルに置き換わったいま、銀塩写真の技術として頂点を極めるものであり、その技法はいままさに「絶滅が危惧される」ものだ。
本展では作家の原点に立ち返り、初期(1970年代後半)から現在に至る全13シリーズ、約65点の写真作品を時系列順に紹介する。さらに、同館所蔵品ギャラリー3階では同館が所蔵する杉本作品を全点公開。未公開資料「スギモトノート」もサテライト展示される。写真作品で構成する美術館での個展は、国内では2005年の森美術館以来の開催となる。
展覧会の構成は3章だて。1章「時間・光・記憶」では、1970年代から80年代に着手され、杉本の評価を確立することになった「ジオラマ」「劇場」「海景」の3つのシリーズなどにより、作品世界の始まりを紹介する。
2章「観念の形」では、人間の知性や想像力がつくりだしたさまざまな「かたち」を主題とした「観念の形」「スタイアライズド・スカルプチャー」など90年代末から展開されたシリーズにより、作品世界が拡張・深化していくプロセスを追うことができる。

3章「絶滅写真」では、終焉を迎えつつある銀塩写真というメディアの始原にさかのぼる「前写真、時間記録装置」「フォトジェニック・ドローイング」から、近作「Opticks」まで、6つのシリーズを通じて杉本が予見する“絶滅”をめぐるヴィジョンの行方を探る。

また、本展では初期三部作として知られる「ジオラマ」「劇場」「海景」の3つのシリーズをはじめ、「建築」「スタイアライズド・スカルプチャー」など、複数のシリーズで新作が初公開される。とくに杉本のデビュー作として知られる「ジオラマ」は、新作《ポコット族》(2025)ほかを加えて再構成。1976年、シリーズの始まりからひそかに構想され、約半世紀をかけてついに実現に至った、人類史をめぐる深淵なストーリーが初めて提示される。

作家自身によるステートメントには、次のような一節が記されている。
「私はいま、倉庫の奥に眠っていた10年落ちの印画紙を引っ張り出してきて、暗室作業に勤しんでいる。黄ばんで極端に感度の落ちた印画紙もなかなか味があるのだ。私は銀塩写真の寿命と私の寿命とが響き合っていることに幸せを感じている」
タイトルにある「絶滅写真」は、銀塩写真というメディアの終焉と自らの作家活動の終幕を見据えて浮上した主題だ。半世紀にわたり写真表現の可能性を拡張してきた杉本の軌跡を総覧する本展は、写真というメディアの“絶滅”をめぐる思索をうながす機会となりそうだ。
