公開日:2025年12月16日

「杉戸洋展:えりとへり / flyleaf and liner」(弘前れんが倉庫美術館)レポート。奈良美智との縁が導いた弘前での個展

1990年代に制作した絵画から最新作まで、青森で杉戸洋の大規模個展が開催中。会期は12月5日〜2026年5月17日

会場風景

杉戸洋の個展が弘前れんが倉庫美術館で開幕

青森の弘前れんが倉庫美術館で、現代日本を代表する画家・杉戸洋の個展「杉戸洋展:えりとへり / flyleaf and liner」が開催されている。会期は2026年5月17日まで。

本展は「ニュー・ユートピア──わたしたちがつくる新しい生態系」展に続く、同館の開館5周年記念展覧会の第2弾。愛知県に生まれ、同県にアトリエを構える杉戸は、一見弘前との接点がなさそうに見える。しかし実際には、弘前出身の奈良美智と学生時代から親交があるという。美大を目指していた杉戸は、愛知県立芸術大学に通いながら美術予備校で講師をしていた奈良と出会った。2004年にふたりはオーストリア・ウィーンでともに滞在制作を行い、2006年には美術館になる前の煉瓦倉庫で開催された「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」展に杉戸も参加。以来、同館では杉戸の展覧会開催を構想してきた。

会場風景

興味深いのは、展示冒頭を飾る煉瓦倉庫の建物を思わせる1994年の作品だ。所蔵者は奈良美智。杉戸の初期作品が長年の友人のコレクションに収まり、その友人の出身地で展示されるという巡り合わせが、まさに杉戸と弘前の縁を象徴している。

会場風景より、杉戸洋《無題》(1994)

服部一成とのコラボレーション

本展の見どころのひとつが、グラフィックデザイナー・服部一成とのコラボレーションだ。服部は同館のロゴマークのデザインをはじめ、雑誌や広告、ミュージシャンのアートワークなどを幅広く手がける。杉戸は服部の仕事のなかでも、ファッション雑誌『流行通信』のアートディレクションが強く印象に残っていると語る。服部自身が撮影した写真やコラージュによる大胆な誌面構成について、「制作するうえでのヒントがあった」という。

会場風景
会場風景

会場に入ってすぐ、観客は《えりとへりの小屋》(2025)と題された大型インスタレーションに出会う。ふたりのコラボレーションから生まれた小屋の内部には、服部が杉戸作品から触発されて本展のために新たにデザインした8種類のポスターが壁紙として貼り巡らされ、その上にさらに杉戸の作品が展示されている。服部が抽出したイメージと、その源泉である作品とが同じ空間で響き合う構成だ。また、服部の作品集『かみのねこ』から引用された可愛らしい切り絵の猫も、展示室のほかライブラリーやカフェなど館内各所に姿を見せる。

会場風景より、服部一成《かみのねこ》(2021)
会場風景

主役ではないものに注目

本展のタイトル「えりとへり / flyleaf and liner」は、杉戸の制作哲学を端的に表している。「エリ」は洋服の襟、「ヘリ」は物の端。英語の「flyleaf」は遊び紙を意味する造本用語、「liner」は服の裏地を指す。いずれも主役ではないが、あるのとないのとでは見え方が変わる要素だ。そうした存在を大切にしたいという杉戸の思いが込められている。

会場風景、杉戸洋《無題》(2017/2025)

会場には、キャンバスの切れ端を組み合わせた小品も並ぶ。偶然からかたちを発見することを杉戸は大切にしており、こうした作品にもその姿勢が表れている。また、隣に展示されている1990年代の作品には、愛知県立芸術大学で日本画を学んだ経歴を思わせるフラットな画面構成も見られる。

また、印象的なピンク色の壁は、じつは本展のために塗られたものではなく、前回の展覧会で川内理香子の作品のために塗られた色をそのまま引き継いでいる。杉戸は展覧会の歴史のなかで生まれた色を活かし、作品と響き合う空間を構成した。同様に、約100年前の煉瓦造りの建物の痕跡を残す壁面も活用されている。

会場風景
会場風景より、杉戸洋《無題》(1993/2025)

終わらない制作のなかで

展示室中央には、作家のアトリエをイメージした一室が設けられている。実際のスタジオでも、杉戸は制作道具を中央に置き、周囲に制作途中の絵を立てかけながら複数の作業を同時に進めているという。乾燥を待つ間に別の作品に移り、順繰りに制作が進む。展覧会という締め切りで作品は一旦完成となるが、手元にあれば再び手を加えることもある。その意味で、ここにある作品は完成であると同時に未完成でもあると言える。

会場風景
会場風景

本展のメインヴィジュアルに使われている新作にも秘密がある。じつはポスターに写されているのは作品の裏側で、会場ではその表側を見つけることができる。ぜひ探してみてほしい。

会場風景
会場風景

完成形を定めない、杉戸洋と奈良美智の共作

さらに会場には、ブラジル・サンパウロを拠点に活動するアーティストであるゴクラ・シュトフェルによる《ウィービング・レター(手紙を編む)》(2025)など、杉戸と親交のある作家の作品も含まれている。

会場風景より、ゴクラ・シュトフェル《ウィービング・レター(手紙を編む)》(2025)

また、2階のコレクション展示室では、奈良美智とのコラボレーション作品を紹介している。その一角には、かつて弘前にあったロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」も再現されている。

会場風景
会場風景より、シャギャーン(奈良美智+杉戸洋)《リーゼントの彫刻(原型)》(2022)

杉戸と奈良は長年にわたり親交を深めてきた。「シャギャーン」と名付けたユニットを結成し、折に触れてともに活動してきたふたりの共同制作の基盤には、深い信頼関係がある。かたちや線、色の扱い方の違いが互いの刺激となり、ドローイングや絵画、彫刻などが生み出されてきた。あらかじめ完成形を定めず、ときには長い期間を経て完成に至るのが特徴だ。コレクション展では、2004年に共作した絵画に加え、当時のモチーフを2022年に彫刻化した際の原型を紹介している。

会場風景より、シャギャーン(奈良美智+杉戸洋)による作品

主役ではないものに目を向ける本展。弘前の地で、絵画の新たな見方を発見してみてはいかがだろうか。

会場風景

灰咲光那(編集部)

灰咲光那(編集部)

はいさき・ありな 「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。