会場風景
ジェフ・クーンズの展覧会「PAINTINGS AND BANALITY - SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」が、エスパス ルイ・ヴィトン大阪で開幕した。会期は7月5日まで。
1955年にアメリカ・ペンシルベニア州ヨークに生まれ、現在はニューヨークを拠点に活動するジェフ・クーンズ。1980年にニュー・ミュージアムで初の個展を開催して以来、日用品や広告の言語、子供向けのイコノグラフィー、美術史からの引用などを組み合わせた彫刻や絵画を通して、大衆文化とハイカルチャーの境界を探求し続けてきた。2019年にはバルーンアートのウサギをモチーフにしたステンレススチール製の彫刻《ラビット》(1986)が約100億円で落札され、存命作家のオークション落札価格として当時の最高額を記録。その作風は時に物議を醸しながらも、作品はニューヨーク近代美術館やテート・モダンなど世界各地の美術館に収蔵されている。

フォンダシオン ルイ・ヴィトンの所蔵コレクションを東京、ミュンヘン、ヴェネチア、北京、ソウル、大阪のエスパス ルイ・ヴィトンにて公開する「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環で行われる本展。タイトルにもなっている「Banality(凡庸/陳腐)」シリーズをはじめ、「Hulk Elvis(ハルク・エルヴィス)」「Celebration(セレブレーション)」「Equilibrium(平衡)」など、クーンズを象徴するシリーズから厳選された計7点の彫刻と絵画を展示している。社会で「凡庸」と見なされてきたものを取り上げ、その象徴的な意味や感情を映し出してきた、作家の40年以上におよぶ実践をひもとく内容になっている。
展示室に足を踏み入れると、独特の存在感を放つ3つのバスケットボールに目を引かれる。クーンズは1970年代後半からマルセル・デュシャンのレディメイドの概念を発展させた制作を始め、掃除機やカーペットクリーナーといった工業製品をガラスケースに入れた作品を発表する。

本作《Three Ball 50/50 Tank (Wilson NBA Forge Pro, Wilson NCAA Encore, Spalding Dr.JK Silver Series)》(1985)は、工業製品の文化的意味を探求した「Equilibrium」シリーズを代表する作品。クーンズは物理学者の協力を仰ぎ、蒸留水で満たされた水槽内に本来なら浮かび上がることのないボールを入れ、水面がボールの中心線に来る位置に静止させた。ありふれたスポーツ用品をガラスケースの水槽に収めることで、あたかも現代の「聖遺物」のように提示している。またバスケットボールというモチーフの背景には、アメリカの貧困層の若者にとってスポーツが社会的地位を上昇させるひとつの手段となっている現実があった。
光の屈折で見る角度によってボールが割れているようにも見える本作。その「平衡」は永続的なものではなく、時間とともにボールは沈んでいく。この均衡の喪失は、作家にとって死のメタファーであり、到達不可能な理想の象徴でもあるという。

日常的なものの象徴的な意味を探求する作家の関心は、1988年の「Banality」シリーズにおいて顕著に現れる。ここでは、凡庸とされるものと芸術やハイカルチャーと呼ばれるもののあいだに存在するヒエラルキーの再考を試みている。
高度な職人技と大衆文化を融合させた《Wild Boy and Puppy》(1988)では、ジム・デイビスのマンガ『ガーフィールド』に登場する犬のキャラクターとアメコミ風の少年、そしてバスケットの中のミツバチという「凡庸」なモチーフを、宗教彫刻や装飾美術を手がける工房の技術を用いて磁器彫刻として表現した。マンガ風のキャラクターに挟まれたミツバチの彫刻は、見覚えのあるモチーフながらどこか異物感を覚えさせる。作家は本作で用いられている手彩色の硬質磁器を「家庭的な喜び」と「かつての栄華」の双方を象徴する素材としてとらえており、こうした素材選びによっても「俗なるもの」の象徴的価値を顕在化させようとしている。

また、鏡の作品《Little Girl》(1988)では、花束とテディベアを抱えた少女という見慣れた図像に、ヴェネチア・ムラーノ島の熟練職人によるガラスの花を組み合わせた。鑑賞者の姿が映り込む鏡面は、クーンズ作品において個人を肯定する意味合いを持ち、鑑賞者が作品を見る自分自身を見ることで「悪趣味」とされるものへの罪悪感や恥じらいからの解放を図る。

入浴中に何者かの侵入に驚く女性の姿をかたどった彫刻《Woman in Tub》(1988)では、そうした技術と挑発的なイメージを融合し、美術史の伝統的主題である「水浴図」を独自に解釈した。写実的な彩色を施した磁器で表現されたその姿は、鑑賞者に「覗き見」の視線を意識させ、作品のスケール感とともに居心地の悪さを増幅させている。

本展では、クーンズの絵画的実践を示す3点も出展され、《Three Ball 50/50 Tank》を囲むように展示されている。そのうちのひとつ《The Bracelet》(1995〜98)は、誕生日や宗教的な祝祭における飾りや子供の玩具などをテーマにした「Celebration」シリーズの1作だ。
彫刻作品《バルーン・ドッグ》に代表されるこのシリーズの作品の多くは、鏡面のような光を反射する素材が用いられている。《The Bracelet》は絵画作品だが、ここでも光沢や光の反射の表現が追求されている。遠目から見ると写真のようにも見えるが、制作は大規模なチームによる分業で行われ、金属製のブレスレットの艶や背景のフィルムのしわに至るまでを油彩のみで緻密に再現。ありふれたアクセサリーを祝祭のシンボルのようにモニュメンタルに描き出した。

2004年からスタートした「Hulk Elvis」シリーズの2点は、より複雑なイメージの重なりを見せる。ジャクソン・ポロックやアンディ・ウォーホルら過去の巨匠たちのスタイルなど美術史の参照と大衆文化の引用が重層的に盛り込まれている。
黄色の背景と愛らしい猿の顔が目を引く《Monkey Train (Birds)》(2007)は、クーンズが長年手がけてきた「空気で膨らませるオブジェ」とその象徴性を絵画に昇華させた作品。空気で膨らむ猿の玩具のツルツルとした表面の質感までを精緻に表現するいっぽうで、背景には産業化の神話を象徴する蒸気機関車や馬車がウォーホルを想起させるメタリックなシルクスクリーン風のタッチで配されている。

《Landscape (Tree) II》(2007)もこうした異質なイメージが重ねられている。公園の写真のような絵をドリッピングされたような絵具や異なる筆致の奔放な線が覆い、抽象と具象の境目を曖昧にしている。多様なイメージと技法のコラージュによって描き出された想像上のランドスケープは、現代社会におけるイメージの飽和も示唆する。

大衆的なモチーフと美術史的な参照を交錯させ、「凡庸さ」や「ありふれたもの」を美的体験の媒介へと変容させてきたジェフ・クーンズ。本展は、国内では貴重なまとまったかたちでの作品の展示を通して、その多面的な創作の軌跡をたどる機会となっている。