「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」(国立新美術館)会場にて、ジム・ランビー
*「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」を公開中!──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。(随時更新)
国立新美術館で開催中の「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」(2月11日~5月11日)は、「YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)」のみならず、90年代のイギリス美術全体を見つめ直す展覧会だ。同展開催に伴い、出展作家のひとり、ジム・ランビーが来日。90年代イギリスのアートシーンについて語ってくれた。
ランビーは1964年グラスゴー生まれ。身近な素材を用いて、空間を変容させる作品で知られている。もともとは、音楽活動をしていたがバンドが解散。90年よりグラスゴー美術学校に入学、90年代後半より現代美術家としての活動を開始した。2003年にヴェネチア・ヴィエンナーレでスコットランド館の代表となり、2005年にはターナー賞にノミネートされている。日本では十和田市現代美術館のエントランスホールに設置された、床にビニールテープを縞模様に敷き詰めた常設展示作品《ゾボップ》(2008)で知られている。2月14日よりファッションブランド「HYSTERIC GLAMOUR(ヒステリックグラマー)」にて、コラボレーションTシャツをリリース。HYSTERIC GLAMOUR 渋谷店にて、記念ポップアップ「Love Comes in Colors」も期間限定で開催中だ。
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──本展には、90年代のイギリス現代美術シーンを彩った多様なアーティストの作品が集まっています。出品作家として、展覧会をご覧になっていかがでしたか。
どの展示作品も素晴らしくて、非常によかったです。ほとんどの作品が久しぶりに見たものだったので懐かしい気持ちにもなりました。自分の作品《スカは死んでいない》(2001)も久々に実物を見ました(笑)。
なによりも、展覧会の冒頭にあるフランシス・ベーコンの三幅対《1944年のトリプティク(三幅対)の第2ヴァージョン》(1988)! あれはずばぬけて素晴らしかった。自分の作品が、尊敬する作家たちと同じ展覧会に出ているというだけで嬉しいのに、ベーコンと一緒だなんて。非常に興奮しました。刺激の多い展覧会です。

──振り返ってみて、ランビーさんにとって90年代というのはどのようなものでしたか?
やっぱりエキサイティングな時代でした。私はバンド活動に打ち込んでいたので、アートスクールに入ったのは26歳、人より少し遅れてアートの世界に入りました。それが1990年のときです。そして卒業したのは94年。この4年のあいだにイギリスのカルチャーは勢いよく盛り上がりました。その時代を学生として過ごすことができたのは非常に幸運でした。

当時は、アンダーグラウンドカルチャーも大衆文化も双方に活気がありました。とくに自分の出身であるグラスゴーの音楽シーンは、ハウスミュージックやダンスミュージックが盛り上がっておもしろかった。そのなかで飛び抜けていたのは、やっぱりプライマル・スクリーム。彼らはクラブシーンとインディシーンの橋渡し的な存在でした。
展示室では、僕の作品のとなりに、ジェレミー・デラーの《世界の歴史》(1997〜2004)があります。音楽とアート、ファッション、コンテンポラリーダンスなどが重なり合い、このフローチャートを見れば当時のカルチャーがいかに幅広い分野を網羅していたかがわかります。当時はとにかく熱量が高くて、アートスクールの学生だった自分は楽しくて仕方なかった。そんな時代です。

──今回、展示されている《スカは死んでいない》も音楽をテーマにした作品ですね。
私はDJとしても活動しています。日本やニューヨーク、ロンドンなどいろいろな街でプレイしていますが、この作品はDJの活動中にひらめいた作品です。DJは2台のターンテーブルを使ってプレイすることが多く、片方のターンテーブルでレコードをかけているとき、「次は何をかけよう?」と考えながらレコードを漁ります。そんなとき、レコードがなく、空の状態でクルクルと回っているターンテーブルが、なんとも魅惑的だったんですよね。そして「このうっとりするような空間を作品にうまく反映できないかな?」と思ったわけです。キラキラとしたターンテーブルは対外的な空間で、下にあるものは、自分の心理状態、内面を表しています。自分のなかの内と外を表現しようと思って。タイトルは“Punks Not Dead”をもじったものです(*1)。スカにしたのは、単純にスカが好きだったから。とくにザ・スペシャルズが大好きなんですよ。

──YBAは主にロンドンのゴールドスミス・カレッジを中心に生まれたムーブメントでしたが、グラスゴーでもYBAのような動きはあったのですか?
私は自分の活動をYBAとは結びつけて考えたことはありません。ほかの多くのアーティストたちもそうだったと思います。当時のグラスゴーに商業ギャラリーはなく、アーティストが運営するスペースがひとつだけあって、そこがみんなの社交場になっていた。商業的な構造とは無縁の環境でした。
たとえば本展にも参加しているデイヴィッド・シュリグリーや、出ていないけどジョナサン・モンクは自宅アパートにアーティストを招いて展覧会を開いていた。ただ、使える場所はトイレの中だけで、その展覧会は「マイ・リトル・トイレット(My Little Toilet)」と呼ばれていた。6人以上のアーティストがトイレで作品を制作していましたよ。ダグラス・ゴードンは浴槽の栓についているチェーンを短くして、永遠に水が抜け続ける浴槽にしてしまった。私はそういうアイデアがとてもおもしろいと思っていました。本当にDIYでやっていましたね。まさか20年以上後になって、東京で当時の思い出を話すなんて想像すらしていませんでしたよ。

──国立新美術館の展覧会とは別に、日本のファッションブランド、「HYSTERIC GLAMOUR」とのコラボレーションがスタートしていますね。
HYSTERIC GLAMOURを立ち上げたノブ(北村信彦)は長年の友人です。かつて彼が運営していたラットホール・ギャラリーで展覧会「Sun Rise Sun Ra Sun Set」を行なったこともありますよ。彼とはプライマル・スクリームのフロントマン、ボビー・ギレスピーを介して出会いました。90年代、グラスゴーにいたとき、ボビーがかっこいいTシャツを着て現れたので、どこで買ったのかを聞いたら「日本のHYSTERIC GLAMOURだ」って教えてくれたことがあります。
いま、シドニーでも展覧会を開催しているのですが、日本に立ち寄ってからグラスゴーに帰ることをノブに告げたら「なにかやってみよう」と提案してくれました。そこで、Tシャツを3種類作ることとなり、そのうちの1枚が《スカは死んでいない》なんです。とてもいいタイミングで、東京のみなさん、HYSTERIC GLAMOURのみなさんには感謝しています。

──最後に、これから展覧会を訪れる方々へメッセージをお願いします。
やはり、作品と同じ空間に身を置ける機会はとても重要です。作品は、魔法で突然現れたようなものではありません。インターネットの画像では真偽すら定かではないが、実物を前にすれば、その重みや深みを実感できます。作品の前に自分を置けば、大きな体験ができるはず。
本展は、イギリスの90年代という特別な時代に生まれた素晴らしい作品が数多く展示されています。あの時代はアイデアに溢れ、楽観主義的で、とても前向きな空気感に覆われていた。そんななかでこれらの作品が生まれたんです。いまの時代だからこそ、そんな90年代のエネルギーに接することはとても大切だと思います。実際に足を運んで、見てみてほしいです。
1——『Punks Not Dead』は、スコットランドのパンクロックバンド、エクスプロイテッド(The Exploited)が1981年にリリースしたファーストスタジオアルバム。「パンクは死んだ」とする批評家への反発として制作された。