会場風景より、《無題》(1990)、静岡県立美術館蔵
東京・外苑前に位置するワタリウム美術館では、20世紀を代表する現代アーティスト、ドナルド・ジャッドの回顧展「ジャッド | マーファ展」が開催中だ。会期は2月15日〜6月7日。
ジャッドは、アメリカ・ミズーリ州の生まれ。1946年から約1年間陸軍の兵士として韓国に駐留したのち、コロンビア大学で哲学と美術史を、アート・ステューデント・リーグで絵画を学んだ。60年代からは美術評論家として活動し、絵画でも彫刻でもない新たな芸術の枠組みとして「スペシフィック・オブジェクツ」という当時の動向を論文として発表。同論は当時のアメリカ美術界に大きな影響を与えることとなった。
展覧会タイトルにあるマーファとは、作家が73年から移り住んだ、メキシコにほど近いテキサス州の町である。ジャッドは、同地に残された既存の構造体を再利用し、町全体を作品展示のための空間としてリノベーションした。複数個の箱(ユニット)を垂直に設置した「スタック」シリーズに代表されるような、幾何学的かつ還元主義的な作品で知られるジャッドだが、マーファでの建築計画や家具のデザインなど、その制作活動は多岐にわたる。
ジャッドの息子であり、ジャッド財団の共同代表を務めるフレイヴィン・ジャッドは「父は自身の作品をミニマリズムと称されることにたびたび抵抗感を示していました。ドナルド・ジャッドというアーティストの制作の根底には、ヨーロッパを中心に形成されてきたアートをいちからつくり直すという、DIY的な精神があると思います」と語る。アメリカ中西部の荒涼とした農地で生まれ育った作家にとって、何もない場所に風景をいちから構築したマーファでの実践は、ひときわ特別な意味を持つものであった。
展覧会は、同館の3階〜5階まで、複数の部屋を用いて構成されている。最初の展示室で注目したいのは、日本でこれまでまとまって展示される機会の少なかった初期作品の数々だ。アーティストとしての活動を始めた50年代の後半、ジャッドは抽象表現主義や同時代の作家の影響を受けた絵画作品を制作していた。風景のような具体的なものを描いた作品から、年代が進むにつれ画面は抽象化し、自然界のかたちや色彩が強調される。
ジャッドが、今日よく知られるような立体作品を制作するようになるのは、60年代に入ってからのことだ。工業的な素材を活用し、装飾や手仕事の痕跡を極限まで廃した作品群は、先述した「スペシフィック・オブジェクツ」という概念にも共鳴する。色彩や形態の純粋性を追求することで、遠近法というイリュージョン(虚像)は退けられ、従来の芸術・思想を拡張するような試みが展開されていく。
絵画から立体へと推移した関心は、やがて作品と空間の関係性を重視する「恒久展示」というアイデアへと発展していく。ジャッドは、68年にニューヨークのソーホー地区にある地上5階立てのビル「スプリング通り101番地」を購入し、同ビルを展示スペース兼アトリエとしてつくり変えた。「芸術をその場限りのパフォーマンスにしてはならない」という作家の思想は、美術館やギャラリーをはじめとした従来的な展示空間や、ニューヨークの商業主義に対する反抗的な姿勢の現れでもあった。
ニューヨークでの活動やジャッドの素材に対する考え方を示す資料を経て、5階では本展のメインテーマであるマーファでの実践が紹介される。
ジャッドは73年から同都市の土地を購入し始めると、町に残る軍施設や倉庫、住宅などの建築物を、展示と生活のための場として改修した。86年には大規模な作品の恒久展示を行うための非営利施設として、チナティ財団を設立。自身の作品はもちろん、ダン・フレイヴィン、ジョン・チェンバレン、イリヤ・カバコフらの作品を展示するためのスペースを、いちからつくり上げていく。
本展に展覧されている設計図やドローイングからは、既存の構造物、アメリカ南西部の土着的な建築要素、そして土地がもつ歴史的コンテキストと対峙した、作家の思索の痕跡が感じられる。また、ジャッドが好んで用いていたモチーフのひとつである「十字」の扉を3DCGで再現した映像作品なども展示され、息子フレイヴィンが「父の作品を見るのにもっとも適した場」と称するマーファの地を、一度で良いから訪れてみたいという思いが込み上げてくる。
また、同館の創設者・和多利志津子が1978年にジャッドを日本に招聘し開催した「ジャッド展」に関するドキュメント展示も見どころのひとつだ。同展は、ワタリウム美術館の前身であるギャルリー・ワタリにおいて開催され、ジャッドが初めて日本を訪れる契機となった重要な展覧会。本展では、当時の資料やカタログに加え、その際に収蔵されたドローイングや版画作品なども見ることができる。
同館の和多利浩一は、70年代からジャッドを日本に紹介していた自分たちにとって、本展は「原点に戻るような展覧会」だと話す。現在、東京都現代美術館では公立館初となるソル・ルウィットの回顧展が開催されるなど、コンセプチュアル・アート再評価の向きがあるなかで、本展はドナルド・ジャッドという作家の功績を改めて考え直すような機会と言えるだろう。
井嶋 遼(編集部インターン)