注目の画家・森本啓太インタビュー。人工光が照らす「ヘテロトピア」を求めて

国内外で個展が相次ぎ、注目を集める画家の森本啓太。東京都品川区のKOTARO NUKAGA(天王洲)で開催中の個展を機にインタビューを行った

「what we told ourselves」会場にて、森本啓太 撮影:灰咲光那(編集部)

暮れなずむ街に滲む灯り、道に佇む人、闇に光る自動販売機。そんな光と影が交錯する現代の都市風景を古典的技法で描き、特別な存在に昇華させる森本啓太。その個展「what we told ourselves」が、東京のKOTARO NUKAGA天王洲で1月17日から3月7日まで開催されている。

森本は1990年大阪府生まれ。16歳でカナダに留学し、オンタリオ州立芸術大学(現・OCAD大学)を卒業後、同国で作家活動を始めた。21年に帰国して現在は東京を拠点に活動。昨年は個展が金沢21世紀美術館「アペルト19 森本啓太 what has escaped us」)、ニューヨークのギャラリーやコペンハーゲンのアート施設で開催され、新年度からの高校の美術教科書(日本文教出版)の表紙に作品が採用されるなど、注目を集める新星だ。

東京では2年半ぶりとなる今回の個展では、大型の新作を含む約20点の絵画作品を展示。新たな挑戦となる没入型のインスタレーションも披露している。新作や創作の源泉について森本に話を聞いた。

「what we told ourselves」(KOTARO NUKAGA [天王洲])会場風景 Photo by Osamu Sakamoto Courtesy of KOTARO NUKAGA

群衆のなかの孤独を描く

取材に訪れたのは、森本が昨年建てたアトリエ兼自宅。ホワイトキューブのアトリエは窓がなく、人工照明の均質な光が高い天井から降り注ぐ。外光や時間の影響を遮断し、制作条件を一定に保つための空間だ。

「この建物は昨年5月に完成して入居しました。アトリエの天井高は、500号のキャンバスを立てた状態で描ける高さを目安にしました。自分は比較的大きな作品が多く、そのサイズ感を楽しんで描いています。海外のギャラリーは基本的に展示空間が広く、作品はある程度の大きさも必要ですから、その意味でも制作場所の環境は重要だと思っています」と森本は話す。

ネオンが眩い飲食店街を正面からとらえた、《Stories we told ourselves》という新作。横3m近い大画面は、実在の古びた建物の前を若者たちが行き交い、一見すると賑やかな盛り場が描かれているようだ。だが、よく見ると人々の視線はバラバラの方向を向き、人工光を背にした姿は少し暗く沈んで凍り付いたように静止している。

森本啓太 Stories we told ourselves 2026  Photo by Osamu Sakamoto Courtesy of KOTARO NUKAGA

「以前の作品は、都市の孤独感を表現するために人物の姿を少なくして描いていました。帰国した頃はコロナ禍の最中で、街から人が消えていたことも大きかったと思います。いまは街中に人が溢れ、そうした現状も反映して、最近は意図的に画中の人数を増やしています。群衆の中にいても孤独な状態、人と人が近くにいながら乖離している、そんな関係性を絵画で表現できるかを試みています」

私たちが自分に言い聞かせてきたこと(what we told ourselves)――。内省的な本展のタイトルは、私たち個々人の日常感覚や心のありようを、そっと問いかけているようにも思える。

「what we told ourselves」会場にて、森本啓太 撮影:灰咲光那(編集部)

連続する関心、レンブラントから自販機へ

本作に限らず、森本の作品は現代の都市空間や人物を写実的に描きながら、どこか違和感がある。モチーフに既視感はあるのに、画面は人工的な緊張を感じさせ、実際は存在していないような幻想性や浮遊感、不穏さを覚える。こうした感覚は、写真をコラージュ的に編成してそれをもとに描く、森本の画面構築の方法とも関わっているようだ。

「自分の作品は現実の空間を参照していますが、とくにコラージュの段階で光の表現をかなりコントロールしています。画面のどこを見てほしいか、どの部分は見なくていいかという視線の誘導は意識しますね」

自ら撮影した風景写真をもとにして不要な要素は削ぎ、ときに場所が異なる画像を組み合わせたり、線を足したり。そのうえで別撮りした人物写真をはめ込む。意図的に組み立てられた画面は、現実を下敷きにしながら緻密に設計された構造を持つ。

「what we told ourselves」(KOTARO NUKAGA [天王洲])会場風景 Photo by Osamu Sakamoto Courtesy of KOTARO NUKAGA

「古典絵画は、スポットライトを当てるように(鑑賞者が)見るべき箇所が明快ですよね。コントラストの強弱を駆使して画面に緩急を付け、見せ場を作っている。その考え方を、現代のモチーフでいかにやるかをずっと探ってきました」

「光」の表現を探求する森本の転機は、カナダの芸大在学中にニューヨークを訪れ、メトロポリタン美術館などでレンブラント作品の実物に出会ったこと。周知のようにレンブラントは、17世紀に活躍し「光の魔術師」とも称されたバロック絵画の巨匠。「写真では表現できないような、絵の中の人物が生きてそこに立っているような強烈な存在感に引き付けられました。これを描きたいと切実に思いました」と振り返る。

その衝撃を起点として、光と闇の対比が生むドラマチックな効果に惹かれ、明暗法の習得を自身の課題にした。カナダの芸大では、多くの同級生が実技は現代的技法を学んでいたが、あえて古典的な絵画技法を選択し、外部のワークショップにも参加。デザインやゲームの専門学校の授業内容を入手するなど多様な描法に関する情報を集め、20世紀初頭のアメリカン・リアリズムの視覚言語も参照して技術を磨いた。そうして獲得した光の制御は、森本の創作の中枢をなす。

「what we told ourselves」(KOTARO NUKAGA [天王洲])会場風景 Photo by Osamu Sakamoto Courtesy of KOTARO NUKAGA

光への関心は、帰国後は作品の主要モチーフのひとつである自販機に向かった。国内のあらゆる場所に設置されている自販機は、都市生活の「記号」であると同時に、夜間は発光する人工の光そのものでもある。今回の個展でも、夜の風景のなかに自販機を配した作品を複数出品している。

「カナダから帰国するたびに目に入る自販機に強い印象を受けました。どこにでもあり、発光して色も多く、日本のインフラと均質的な文化を象徴する存在だと感じました。自販機の人工の光への関心は、古典絵画に対する関心と断絶しているのではなく、むしろ連続している感覚があります」

今回の個展では、3点のインスタレーションも発表している。《Encounter》は、自分の平面作品から抜け出してきたような人物の立体造形と自販機の作品で構成した新作。絵画として描いてきた空間を、鑑賞者がその内部を歩き回り、体感する場へ拡張した。

「what we told ourselves」会場にて、森本啓太 撮影:灰咲光那(編集部)

「ズレの感覚」が生んだ視座

虚構と現実が交錯する表現は、自身の経験とも無縁ではない。高校在学中にカナダに渡った森本は、「どこにいても、自分と場所のあいだにズレのようなものを感じてきました」と語る。

「カナダでは、周囲の日本人は関東の出身者が多くて、大阪弁で話すと言語感覚が違うというか、うまく意思疎通ができない経験をしました。ほら、大阪だとボケとツッコミの構造が日常のコミュニケーションのなかでも一般化されているじゃないですか。でも、よそでは意図と違ったふうに受け止められてしまう。そうわかって、自分は当たり前だと思う感覚やコンテクストが必ずしも共有されないことに気づきました。15年暮らしたカナダでは、自分を異邦人だと実感することは多かったし、日本に戻ってもどこにも帰属していない感覚は続いています」

「what we told ourselves」会場にて、森本啓太 撮影:灰咲光那(編集部)

このズレの感覚や違和感が、近年制作のテーマとする「ヘテロトピア」の概念に共鳴する下地となったという。ミシェル・フーコーが提唱したヘテロトピアは、現実に存在しながら日常の秩序からズレた「別の場所」を意味する。森本の絵画世界もまた、見慣れた日常の風景を題材としながら、一瞬の物語を想起させるズレをはらみ、鑑賞者をいつもの認識から引き離す。

「ヘテロトピアの感覚は、特定の場所に限られるものではなく、意識の向け方により立ち現れるものだと思います。たとえば電車の中や美術館など、暗黙のルールが共有されている空間は、すべてヘテロトピア的だと感じます。意識すれば特別な場所となり、意識しなければ日常の一部になる。ある空間に入ったとき、世界の見え方が少し変わる――。その感覚自体がヘテロトピアのようだと考えています」

森本啓太 Through the Light / Echoes of Colour 20250818 2026/2025  Photo by Osamu Sakamoto Courtesy of KOTARO NUKAGA

帰国から4年間、作家として着実にステップアップしてきた森本。この先をどう見据えているのだろうか。

「この数年間は、とにかく走り続けてきた気がします。とくに昨年は国内外での展示が重なって、自分でも驚くほどの制作量でした。やればできるとわかった反面、少しは余裕がないと新しい試みをするのは難しいので、今年は若干ペースダウンできれば。まだ構想段階ですが、たとえば歌川広重の『名所江戸百景』『東海道五十三次』シリーズに登場する土地の現在の景色を描いてみたい。もともと歳月の経過を感じさせる建物や古地図を見るのが好きなので、ある程度時間をかけて取り組むプロジェクトにできればと思います」

「what we told ourselves」会場にて、森本啓太 撮影:灰咲光那(編集部)

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。