公開日:2026年3月3日

琵琶湖のほとりで地球とつながる感覚に出会う、キュンチョメ「100万年の子守唄」をレポート

滋賀県・高島市の3軒の旧民家を舞台に、キュンチョメが展覧会を開催

キュンチョメ あいまいな地球に花束を 2025

民家を巡って出会う、湖のほとりの展覧会

滋賀県・琵琶湖の西岸に位置する高島市大溝地域で、アートユニットのキュンチョメが展覧会「100万年の子守唄」を開催。会期は2月21日から4月19日まで。会場は、港町・城下町の趣を残す大溝地域の3軒の旧民家となる。

ホンマエリナブチによるキュンチョメは、社会問題や自然災害、動物と人間の関係、自然そのものなど、身近な題材を手がかりに、映像、写真、ドローイング、立体といった多様な形式で作品を発表してきた。今回の展示は関西での初個展となる。

第3会場「祈りの家」中田家住宅旧米蔵

展覧会タイトルである「100万年の子守唄」は、古代湖・琵琶湖の悠久の時間と、水とともに暮らしてきた大溝の環境から着想を得ている。キュンチョメは初めてこの地を訪れた際、「町全体に張り巡らされた溝がすべて水路だとわかって、ここは水に抱擁される場所だと思った」と語る。さらに山から流れてきた水が琵琶湖へ集まる様子を見つめながら、「いろんなところからやってきたものが最終的にここに集まるように感じた」とこの町の特性について話した。

左から、ホンマエリ、ナブチ

美術館を飛び出し、町とともにつくる展示

本展は、滋賀県立美術館が琵琶湖北側地域で始めるプロジェクト「ASK(Art Spot In Kohoku)」の第一弾として開催されている。美術館の外へ出て地域と関わりながら展覧会を作る取り組みで、高島市を皮切りに米原市、長浜市へと順番に巡る計画だ。

オープニングでは、民家の所有者や地域団体、企業、自治体など、多くの協力によって展覧会が実現したことが紹介された。滋賀県立美術館ディレクター・館長の保坂健二朗は、「家や蔵を貸してくださった方々のおかげで展覧会が実現した。大溝の町の魅力をしっかり届けたい」と来場者に呼びかけた。

また、高島市長の今城克啓は、大溝の特徴として水に恵まれた地形と歴史文化の蓄積を挙げ、この土地の魅力が現代アートという新たな視点によってさらに伝わることへの期待を語った。

展示では映像、写真、立体、ドローイングなど計8点を紹介。新作《あいまいな地球に花束を》《あなたの傷が癒えますように》《Ghost in the Ocean》《ライフ・イズ・ビューティフル》が初公開された。

キュンチョメ あなたの傷が癒えますように 2025

本展では、水の存在を起点に「つながり」「ケア」「祈り」といった感覚が繰り返し伝えられる。キュンチョメは展示について、「地球と自分がつながっている感覚を取り戻す場所にしたい。町を散歩するように3つの会場を巡り、そのあと琵琶湖まで歩いて、それぞれの来場者に感じてもらいたい」と語った。

記者会見での様子

旧和菓子店に広がる「つながり」の風景

第1会場は、かつて和菓子店として営まれていた福井盛弘堂の建物だ。丁稚羊羹で親しまれた店の作業場には、かまどや天秤ばかりが残り、長い時間を重ねてきた気配を感じる。

部屋に入ると、映像作品《金魚と海を渡る》(2022)が流れている。金魚を抱えて海を渡ろうとする作家の姿が映し出される。金魚も人間も海では生きていくことができない。それでもふたりでなら海を渡れるのではないか。そうした発想から生まれた作品だという。人の手によって美しい姿へと改良され、小さな水槽で飼われることの多い金魚の在り方に、作家は社会のなかで置かれてきた女性の状況との共通点を感じたと語る。

キュンチョメ 金魚と海を渡る 2022

奥に進むと、生活の気配が残る座敷の部屋がある。そこには《ライフ・イズ・ビューティフル》(2024)の写真が展示されている。ハートの半分に見える草花を探し、自分の手を添えてかたちを完成させる行為を通して、見慣れた風景の印象が少しずつ変わっていく。

キュンチョメ ライフ・イズ・ビューティフル 2024

その近くに置かれている小さな石《ヘソに合う石》(2023)は、琵琶湖の浜辺で見つけた、へそにぴったりとはまる石から生まれた作品だ。石を当てた瞬間、空いていた場所を地球がそっと満たしてくれたように感じたという体験が、制作背景にある。

キュンチョメ ヘソに合う石 2023

さらに奥に目を向けると、花が生けられたガラスの花器が置かれている。《あいまいな地球に花束を》(2025)と題されたこの作品には、さまざまな国で生まれた人々が記憶だけを頼りに描いた世界地図が刻まれている。大陸が欠けていたり、島の位置が曖昧だったりと、その姿はひとつとして同じではない。あいまいなものをあいまいなまま受け入れることを祝福するかのように、花が添えられている。

キュンチョメ あいまいな地球に花束を 2025


自分と他者の「ケア」に目を向ける

第2会場は、かつて米を保管するために使われていた蔵を会場としている。厚い土壁に囲まれた内部は外の光や音がやわらぎ、時間の流れがゆっくりと感じられる空間だ。ここでは、治癒(ケア)という感覚を手がかりにした作品が展開されている。

第2会場「治癒の家」林家住宅旧米蔵

入口付近で目に入る《あなたの傷が癒えますように》(2025)は、傷ついた犬たちの写真の上に糸を重ね、毛が抜けた部分を縫い直すように刺繍を施した作品だ。いつか傷が癒えてほしいという願いを込めながら針を進めていくうちに、一針一針を重ねる時間そのものが治癒のように感じられたという。

キュンチョメ あなたの傷が癒えますように 2025

室内では、《Ghost in the Ocean》(2025)が上映されている。海中で見つけたビニール袋を人のかたちに切り、海へ戻した映像だ。乳白色の人のかたちをした存在は、水のなかで揺れながら漂う。美しさを帯びるいっぽうで、命の循環に加わることなく海をさまよい続ける存在でもある。

海を流れていく一枚のビニール袋を「私」として想像してみること。その想像の先に、地球と私たちの関係を見つめ直す手がかりがあるのではないか、という感覚が示されている。

キュンチョメ Ghost in the Ocean 2025

「祈り」とともに過ごす時間

少し離れた場所に位置する第3会場は「祈りの家」として構成されている。世界には多くの愛があるいっぽうで、ひとりでは受け止めきれない痛みもある。そうしたものに出会ったとき、人は祈らずにはいられないのかもしれない。

映像作品《海の中に祈りを溶かす》(2022〜23)では、水中に沈みながら願いや祈りの言葉を唱える姿が映し出される。声は泡となって水面へ浮かび上がり、祈りは海へと溶けていく。死なないで、幸せでいてほしい。海が青いままでありますように──そうした言葉が、泡のかたちとなって現れては消えていく。

キュンチョメ 海の中に祈りを溶かす 2022–2023

会場には横になって過ごせる椅子が用意されている。「作品を見ようと力を入れるのではなく、身をゆだね、ぼんやりと過ごして欲しい。そうしているうちに、意識はゆっくりと自分の内側へ向かっていくと思う」とホンマは話す。

展示の最後には、琵琶湖の水を指先にのせて歩く体験が用意されている。たった一粒の水滴も琵琶湖の一部である。その水を感じながら湖へ向かうと、風や温度、光の揺らぎが身体の感覚として伝わってくる。

琵琶湖を一粒、指先に乗せて歩く

滋賀・高島市の風土や水の循環に根ざした感覚を、作品と町を歩く体験を通して感じさせる本展。キュンチョメが繰り返し語る「琵琶湖とともにある地球の循環」に耳を澄ます時間は、訪れる人それぞれに異なる感覚を残していくだろう。

福島 吏直子(編集部)

福島 吏直子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。編集者・ライター。