公開日:2026年3月14日

映画『マーティ・シュプリーム』監督ジョシュ・サフディが語る。不遜な主人公の倫理とアイデンティティ、夢の代償

「アカデミー賞」9部門ノミネート。ティモシー・シャラメが、卓球世界チャンピオンに成り上がり、人生一発逆転の野望に燃える若者を演じた『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』が日本公開。無軌道で危うい主人公のキャラクターはどのように作り上げられたのか。物語に滲む戦争の爪痕とは。監督ジョシュ・サフディにインタビュー(撮影:鈴木渉)

ジョシュ・サフディ

映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』は、監督ジョシュ・サフディにとって非常に個人的なプロジェクトだ。

企画の発端は、妻でプロデューサーのサラ・ロセインが、1950年代の卓球選手マーティ・リーズマンの自伝を見つけたこと。若い頃から卓球に親しんできたサフディは、リーズマンと同じニューヨーク出身のユダヤ系アメリカ人でもある。しかも叔父には、自伝に登場する選手たちと卓球に打ち込んだ過去があった。

そうした偶然の重なりから、サフディはリーズマンに着想を得た青年マーティ・マウザーを作り出す。まだ戦争の傷跡が残る1952年のニューヨークで、卓球の世界チャンピオンになる夢だけを追い、犯罪に手を染めてもなお突き進む男だ。

破天荒で予測不可能な物語が浮き彫りにするのは、戦後と“いま”に重なる人々の姿。サフディは「歴史を知ることは大切です。誰もが過去を知らなければいけません。個人としても、国や文化としても、歴史を知らなければ道に迷ってしまう」と語る。

全編エネルギッシュに駆け抜ける、サフディ流エンターテインメントに込められた思索の世界へ。来日したサフディ監督にじっくりと話を聞いた。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』 © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

高慢で野心家、無軌道な主人公、マーティ・マウザーの誕生

「1940年代から1952年にかけて、卓球は本当に面白い状況にありました」とサフディは言う。当時、アメリカで卓球は“スポーツ”としてなかなか受け入れられず、むしろテーブルゲームや趣味に近いものと思われていたのだ。

「それでも、卓球には新たな人気スポーツとなりうる可能性があった。現在を知るからこそ、その歴史を知ることはとても刺激的でした」。サフディは叔父から当時の話を聞き、リサーチを重ねながら、物語を練り上げていった。

主人公はユダヤ系アメリカ人の青年マーティ・マウザー。23歳にして、自分は卓球の世界王者になれると確信し、口調も自信たっぷり。野望を叶えるため無軌道に突き進む若者を、いまをときめくティモシー・シャラメが危うくも軽快に演じた。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』 © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

サフディと共同脚本のロナルド・ブロンスタインによるストーリーテリングは、マーティの人生と同じく無軌道でスリリング。しかもその感触は、書いているふたりにさえ、ときに「何が起こるかわからなかった」という執筆プロセスから生まれている。

「シーンや展開のアイデアがあったとしても、そこに真実味がなければキャラクターが許してくれません。だから執筆するときは、つねに“いま”に集中するのです。観客は次の展開を予想できない、僕たちにもわからない──その緊張感はきっと伝わるはず。構造は考えない、規範に縛られない、ただ自由に書く。キャラクターだけに従って書き進めます」

戦後アメリカ、ユダヤ人のアイデンティティ

マーティの冒険に深い根を張るのが「1952年」という時代設定だ。7年前に終わったばかりの戦争が、世界にはまだ深い傷跡を残している。ところがマーティは、そんな世界にさえ正面から食ってかかるのだ。

映画の前半、試合の対戦相手が同じユダヤ人でホロコーストを生き延びたベラ・クレツキだと知るや、マーティは記者相手に言い放つ。「俺はナチスができなかったことをする。俺もユダヤ人だから言えることだ」。日本チームと対戦する前日にも、挑発的な言動を隠そうとしない。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』 © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

第二次世界大戦に勝利したアメリカを代表する立場でありつつ、恐るべき大量虐殺の記憶をユダヤ人として共有しているマーティ。サフディは、ひとりの人間が抱え込んでいる二重のアイデンティティを、“個人”という切り口から語る。

「1952年の時点で23歳のユダヤ系アメリカ人であるマーティは、戦争へ行くには若すぎました。彼はアメリカの勝利を引き継いでおり、愛国心もある。アメリカ人であることを誇りに思っている。しかし、それ以上にユダヤ人としての誇りがあるのです」

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』 © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

サフディは、ホロコーストがユダヤ人の自己認識に強烈な変化をもたらしたと見ている。

「第二次世界大戦よりも前、“ユダヤ人の誇り”という文化は世界的に共有されていませんでした。けれどもホロコーストを生き延びたことで、『我々を滅ぼすことはできない』という誇りが生まれた」

ただし、サフディは「生き延びたのはユダヤ人であり、マーティ個人ではない」と強調する。「その距離があるからこそ、マーティは戦争やホロコーストを観察者として見ていられる。彼は戦争から生きて帰ったクレツキを尊敬しています。卓球のために彼が戦争を生き延びたことは、マーティにとっても大きな希望です」

ジョシュ・サフディ

戦争の傷跡、現代に通じるアナクロニズム

本作では、日本が物語の重要な舞台となる。戦後日本を正しく描くことに、サフディは強いこだわりをもって取り組んだ。日本人選手・エンドウ役に日本人(「東京2025デフリンピック」卓球男子団体銅メダルの川口功人/トヨタ自動車)を起用し、クライマックスの日本シーンも東京で撮影。エキストラに至るまで日本人キャストを求めた。

サフディはリサーチのなかで、1954年、56年の世界卓球選手権で世界チャンピオンとなった日本人選手・荻村伊智朗に感銘を受けたという。荻村について調べるなかで出会った、日本の反戦映画『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声』(1950)にも大きな影響を受けた。

「当時の若者が戦争をどう見ていたのかを描いた映画です。現在のアメリカと同じように、あの頃の日本にも国を動かす人々に賛成しない若者はたくさんいました。彼らは戦争に反対し、決して関与したくないと考えていたけれど、最後には関わることを余儀なくされた。時の流れとともに忘れられてしまう事実です」

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』メイキング © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

あらゆる登場人物に詳細なバックストーリーを用意したというサフディは、劇中でキャラクターの過去をわずかながらに描いている。ベラ・クレツキが蜂蜜を身体に塗りたくり、仲間の囚人を生かすために舐めさせたという逸話。あるいはニュース映像のなかで語られる、日本人選手のエンドウが東京大空襲で聴覚を失ったという過去だ。

「どちらも小さな物語ですが、より大きな物語を語っています。どちらの物語も、映画ではあまり見たことのないものです」

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』 © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

ベラやエンドウと同じく、マーティにも戦後を生きるユダヤ人としての背景は描かれている。裕福とはいえない日々の暮らしや、存命の母親を死んだことにする心理は、彼が自らの出自をどのように受け止めているかをほのめかすものだ。

ただし、マーティはそれすら振り払うように走り出す。自分の夢から片時も目をそらしたくない、と言わんばかりに。「マーティは興味がないことを真剣にとらえようとしません。だから、持ち前のユーモア精神で、ホロコーストなど世界にとって重大な出来事も冗談にできてしまう」とサフディは言う。

「彼は挑発者であり、扇動者でもあります。決して他人を怒らせたいわけではない。それはある意味で時代を先取りしています──シリアスで重大な出来事を、ニヒリズムやアイロニーを通して冗談にできるのは現代的なことだから。時代錯誤(アナクロニズム)をあえて取り入れ、現代と対話できる映画にしようと考えました」

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』 © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

「人は誰もが個人である」

インタビューの冒頭で、サフディは「僕の家族には日本人がいます」と明かしてくれた。

「曽祖父は日本でトキコという少女を養子に迎え、アメリカに連れて帰りました。だから、祖母には妹のような日本人女性がいた。彼女は僕の家族でした。しかし、戦後のアメリカには激しい反日感情があった。彼らはひどい電話をしょっちゅう受けていたのです」

マーティは国籍や人種によって人物を判断しない。「彼はそういうことに頓着しません。“人は誰もが個人である”という、とても民主的な考え方の持ち主です」

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』 © 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

映画の終盤でマーティが日本を訪れるのも、もはや愛国心やアイデンティティのためではない。

「マーティは“アメリカ人”としてではなく、ひとりの人間として、自分の夢のために日本へやってきます。試合の最後まで、マーティとエンドウは同じ言語を話しません。エンドウはほとんど言葉を発さないのです。それでも、ふたりは互いを人として見ている。一種の外交のようで、とても美しい光景だと思います」

それは、まだ卓球がスポーツとして認められにくかった時代に、同じ夢を追い、戦った選手同士の交感と言えるかもしれない。もともとサフディは、映画の構想を練るなかで、「卓球が嘲笑の対象とされているなか、それでも卓球を心から信じた人たちに惹かれた」という。

「当時、卓球選手になる夢を見るのなら、とても強靭な夢でなければなりませんでした。その夢はすべての人に通用せず、叶えられたとしても大金を得られるとは限らなかった。だからこそ、彼らの夢はとても純粋で誠実だったと思います」

ジョシュ・サフディ

けれどもマーティは、その「純粋で誠実な夢」を見たばかりに、少なからぬ人を傷つけてゆく。その行動はあまりにも自己中心的で、とても世間一般の倫理観を持ち合わせているように見えないのも確かだ。

果たして「純粋」とはなにか、「誠実」とはなにか。マーティ・マウザーという男の“倫理”とは──。

「人は誰でも“もっとも優れた自分”になれる──その可能性を信じることがマーティの倫理です。だから、彼は周囲の人々を鼓舞することに喜びを感じ、人間の可能性を大切にしない人に腹を立てるのです」

ジョシュ・サフディ

サフディは「映画のなかで、マーティが意図的に他者を傷つけることはありません」とも強調する。ただひとつ、友人のウォーリー(タイラー・オコンマ)とともにボウリング場で働く悪事を除いて。

「夢がマーティを盲目的にしているのです。自分だけの力で何かを成し遂げようと考えるあまり、人生のグレーゾーンが見えなくなってしまう。それが夢の危うさです」

マーティの予測できない人生の旅は、思いがけないところに着地する。しかし、サフディにとってそれは必然的な結末のようだ。

「僕が思うに、マーティの倫理は“愛”に導かれているはず。本当は、彼は愛されたいと願っている。そして、人々が愛し合うことを望んでいるのです」

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』予告編

ジョシュ・サフディ
1984年、ニューヨーク州でシリア系ユダヤ人の家系に生まれる。 弟のベニー・サフディと共に共同で映画製作に携わる。兄弟で初監督した『Daddy Longlegs』(2009)がカンヌ国際映画祭の監督週間に出品される。兄弟での主な監督作に『神様なんかくそくらえ』(2014)、『グッド・タイム』(2017)、『アンカット・ダイヤモンド』(2019)など。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』

2026年3月13日(金)からTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本:ジョシュ・サフディ
出演:ティモシー・シャラメ、グウィネス・パルトロウ、オデッサ・アザイオン、ケビン・オレアリ―、タイラー・オコンマ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.

稲垣貴俊

稲垣貴俊

いながき・たかとし 海外映画を専門に、評論・コラム・インタビューなど幅広い文章を雑誌・書籍・ウェブなど多数の媒体で執筆・編集。舞台作品のリサーチ・コンサルティングも務める。主な作品に『パンドラの鐘』(杉原邦生演出)や「木ノ下歌舞伎」作品など。