公開日:2026年4月24日

「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」の全貌が公開。重要文化財でたどる監獄の歴史、自由への問い

旧医務室で花輪和一、西尾美也、三田村光土里、風間サチコ、キュンチョメが展示。「明治五大監獄」のうち唯一全貌を残す遺構の内部へ

「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」内観 提供:星野リゾート

重要文化財を活かした、星野リゾート初のミュージアム

重要文化財「旧奈良監獄」の建物を使用した新たなミュージアム「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」が、4月27日に奈良県・奈良市で開館する。

旧奈良監獄は、司法の近代化を目指す明治政府の一大プロジェクトとして1908年に誕生した。数多くの裁判所や監獄の建築に関わった山下啓次郎が設計を手がけ、1946年には「奈良少年刑務所」と改名。社会復帰と更生教育を重視する矯正施設として機能した。その歴史的価値と建築の意匠が評価され、2017年に国の重要文化財に指定。その後、星野リゾートが法務省より運営権を引き継ぎ、建物の保存・活用を担うこととなった。

「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」外観

同社にとって初の本格的なミュージアム事業であり、6月にはホテル事業として同じ建物を活用した「星のや奈良監獄」も開業予定。館長の八十田香枝は、本プロジェクトが重要文化財を観光収益で維持する仕組みづくりとなることを目指すと述べ、初年度は30万人、将来的には国内外から100万人の集客を目標に「奈良の新アイコン」となることを掲げる。

「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」外観 提供:星野リゾート

ミュージアムのコンセプトは、「美しき監獄からの問いかけ」。独居房が連なる「第三寮」を見学できる「保存棟」と、歴史展示やデザイン、アートに触れられる「展示エリア」から構成され、「監獄」というシステムの成り立ちや歴史、そしてアート作品を通して「自由」について考える空間となっている。

ロゴや展示を含めたアートディレクションは佐藤卓/TSDOが担当。ミュゼオグラフィースーパーバイザーとして、ルーヴル美術館ランス別館やロンドンのロイヤル・アカデミーなど世界各国で常設展示デザインを手がけるアドリアン・ガルデールが参画している。

左から、八十田香枝、佐藤卓

佐藤はミュージアムを訪れることで、「当たり前の日常を考え直してみる。自由とは何かという非常に大きく深いテーマを考えるきっかけになれば」と話す。ガルデールも「このミュージアムが持つ、建物のストーリーや歴史を超えたメッセージは、『自由』だと思う。それは、自由がいかに脆く、貴重なのかということ。精巧に作られた建築物と、私たちの持つ儚い自由との、鮮烈なコントラストに人々が共感してくれることを願っています」とコメントを寄せた。

ここでは、C棟のアート展示を中心に、奈良監獄ミュージアムの見どころをレポートする。

監獄の建築美と、近代監獄のなりたち、行刑近代化の歴史をめぐる

奈良監獄ミュージアムは、直通バスで近鉄奈良駅より18分・JR奈良駅より25分の場所に位置する。バスを降り、重厚なレンガの塀に沿って歩いていくと大きな門が現れ、そこがミュージアムの入り口だ。まずはビューイングポイントから建築の全体像を眺め、保存棟となる「第三寮」へと入っていく。

「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」外観 提供:星野リゾート
「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」外観

明治期に建てられた「明治五大監獄」のうち唯一全貌を残す遺構は、イギリス積みの赤レンガ壁と、中央の見張台から放射状に舎房が伸びる「ハヴィランド・システム」を特徴とする。全96室の独居房が連なる「第三寮」は、ヴォールト状の高い天井と高所に設けられた窓から自然光が差し込む。当時としては人権への配慮があった監獄であり、採光のための工夫が各所に施されている。

「保存棟」内観

受刑者たちが暮らした横2m・奥行き3mほどの独居房には、格子がはめられた監視窓、食事を届けるための小窓、堅牢な鍵のついた木製の扉など、近代監獄の空気感がいまもそのまま残る。中央看守所に立ってみると、5つすべての舎房を見渡せる構造を実感できる。ここでもドーム状の天井に空いた窓から柔らかな光が差し込む。見学できる「第三寮」以外の舎房は、「星のや奈良監獄」のエリアとなる。

「保存棟」内観

保存棟から通路を抜けると、A・B・Cの3棟からなる展示エリアへ。かつて接見所だったA棟は、8つの展示室をたどりながら奈良監獄の歩みや日本の行刑近代化の歴史について知ることができるエリアだ。

「保存棟」と展示エリアをつなぐ通路

江戸時末期に締結した欧米諸国との不平等条約改正を急務とした当時の明治政府は、諸外国に法治国家として認められるため、人権を重んじる監獄を目指した。ここでは模型やパネル展示、資料を通して、設計者の山下啓次郎の足跡や、近代監獄の成り立ち、日本の行刑近代化の歴史に加え、奈良監獄の建築計画や細部の装飾・様式について解説している。

A棟会場風景
A棟会場風景
A棟会場風景

また山中有サイトウケイシロウによる、受刑者の1日を記録したショートドキュメンタリーも上映されている。

「デザインの解剖」で解き明かす、受刑者たちの「日常」

続くB棟は、病監だった8つの部屋を使って、「規律」「食事」「衛生」「作業」「更生」「お金」「自由」という7つの視点から、受刑者たちの刑務所での営みを紹介する。

ここで発揮されているのが、アートディレクターの佐藤卓が長年手がけてきた、身の回りのものをデザインの視点から解剖するプロジェクト「デザインの解剖」の手法だ。

たとえば「規律」の部屋では、起床から就寝、布団の畳み方に至るまで定められた厳格なルールを、壁一面に貼られた「所内生活の手引き」の条項や、整然と並べられた支給品、グラフ化した1日の時間割などで視覚的に示す。

B棟会場風景
B棟会場風景

「食事」の部屋には全国の刑務所の献立と食器が並び、「衛生」の部屋では便器を囲む壁一面にトイレや入浴に関するルールがグラフィカルに展開される。最後の「自由」の部屋には、受刑者と同じ目線で外を眺められるスポットも設けられている。

B棟会場風景
B棟会場風景

重要文化財のため釘1本打つにも許可が必要という制約のなかで、佐藤は「『デザインの解剖』は展示も行っているので、展示項目のタイトル付け、解説の文章、写真の撮り方など、観客が身の回りの知らない世界に興味深く入っていけるための手法が生きた」と振り返る。

B棟会場風景

縫い合わされた受刑者の詩、海に溶ける祈りの言葉:西尾美也、キュンチョメ

そして最後のC棟が、八十田館長が「ミュージアム棟の核」と語ったアート展示のセクションだ。学術的な歴史展示にとどまらず、より幅広い観客が楽しむことができ、観客が自己と向き合うような空間が生まれることを意図して、アートのセクションを設けたという。

かつての医務所を改装したC棟では、5組のアーティストが監獄の現実や歴史、制度などと向き合って制作した作品と、「刑務所アート」を展示している。

円形の吹き抜けスペース中央に象徴的に展示されているのは、西尾美也による《声を縫う》だ。奈良出身の西尾は、奈良少年刑務所時代に受刑者の若者たちが書いた詩を、奈良・東京・大阪で開催したワークショップに集まった200人超の手で刺繍し、つなぎ合わせて筒状のインスタレーションを制作した。旧奈良監獄のレンガと同じサイズの布約2000枚に、一人ひとりの手書きの文字で言葉が縫いつけられている。高さは約5メートル。偶然にも、監獄の塀の高さとほぼ同じだ。

会場風景より、西尾美也《声を縫う》

「サイトスペシフィックな作品として、ここで生まれた詩を題材にすることに意味があると思った」と西尾。ワークショップ参加者にとっては、普段あまり関わることがない刑務所の中の人々のことを想像し、考える機会になったという。作品の内側に足を踏み入れると、色とりどりの糸で縫われた無数の言葉が幾重にも重なり、祈りと内省に満ちた静謐な空間へと誘われる。

会場風景より、西尾美也《声を縫う》(部分)

西尾の作品と響き合うように「祈り」をテーマにしているのが、キュンチョメ(ホンマエリ+ナブチ)の映像作品《海の中に祈りを溶かす》だ。医務室だった痕跡を残す空間を青い光で満たし、中央の映像ではホンマエリが祈りの言葉を口にしながら沈んでいく。しかしその声は聞こえず、祈りの言葉は泡となって海に溶けていく。

C棟がA・B棟で「罪と罰」の歴史を学び、最後にたどり着く場所として、「最後に祈りを感じてほしいと思った」とホンマは語る。「医務室は、誰かが誰かを想って治癒したり治癒されたりした場所。その力がまだここに残っている気がする。その治癒の力が祈りの力として、もう一度この場所で発揮できたらいいなと思いました」。ナブチは「A棟、B棟が『具体』がたくさん詰まった場所だからこそ、抽象的なもの、曖昧な空間が必要だと思った」と制作の意図を明かす。

会場風景より、キュンチョメ《海の中に祈りを溶かす》

日本の近代化と更生システム、塀の内と外で等しく流れる時間:風間サチコ、三田村光土里

「秩序とNEW僕等と」と題した風間サチコの展示は、旧奈良監獄の歴史を「日本の近代化」と「少年の更生」というふたつの物語に重ね合わせる。最初の部屋には、黒部ダムと発電技術を題材にした3点の作品が、これまで公開されたことのなかった版木のかたちで展示されている。

旧奈良監獄を初めて訪れたとき、ここが段階的な社会復帰のプロセスを踏む、「人の成長を促す役割を持った建物だと感じた」という風間。自身がこれまで追究してきた「近代化」というテーマと重ね合わせ、自然を人間が支配する新たな秩序をテーマにした「クロベゴルト」シリーズの展示を決めた。本展のために制作された階段状の壁に展示されている《新秩序(版木)》は、「人間がモダニズム的に組み上げた風景画」をイメージしているという。

風間サチコ「秩序とNEW僕等と」会場風景。左が《新秩序(版木)》

もうひとつの部屋には、秩序のなかで更生し得なかった人物として番長の化身「スクールウォーズマン」を描いた作品群が並ぶ。「このような更生施設のなかではみ出してしまうもの、コントロールしきれないような人格を否定しないというのもありなのではないかと思って、あえてこの作品を選びました」

風間サチコ「秩序とNEW僕等と」会場風景

三田村光土里は、かつてこの場で暮らした人々の記憶と自身の個人的な記憶が重なり合う「過ぎてゆく部屋」の展示を展開する。部屋には誰か寝室のような空間が広がり、旧奈良監獄に保管されていた奈良少年刑務所や各地の刑務所にいた人々の生活を写した写真と自身の家族写真が、家具の表面に貼り付けられている。この家具は三田村が幼少期を過ごした部屋にあった家具や日用品からリメイクされたものだ。

三田村光土里「過ぎてゆく部屋」会場風景

作家は、初めてこの場を訪れた際を「塀の存在が、内と外を絶対的に分け、私たちの日常とは違う非日常を感じさせる場所だった」と振り返る。だが受刑者がバレーボールをする写真を見つけたとき、そこに誰にも等しく流れる「日常の時間」が映し出されていると感じた。

「いろんな事情があってこのような場にいたとしても、 そこには必ず私たちと同じ日常の時間がある。この空間のなかで私の家族の写真を使った立体作品や、私自身が嫌で仕方がなかった保育園時代の家具と写真を組み合わせたものを配置することで、受刑者の人たちの時間と私たちの日常の時間が境をなくして溶け合っていく──。どんな場所にも過ぎていく時間を、自分もこの空間で感じながら作った作品です」

三田村光土里「過ぎてゆく部屋」会場風景

刑務所の実体験と受刑者の表現:花輪和一、「刑務所アート」

刑務所の内側を自らの実体験に基づいて描き出したのは、1980年代から『ガロ』などで活躍するマンガ家の花輪和一だ。趣味のモデルガン仲間から譲り受けた破損拳銃を修理していたことで1994年に逮捕され、懲役3年の実刑を受けた花輪は、出所後に獄中のメモやスケッチをもとに『刑務所の中』(1998〜2000)を発表した。

会場では、映画化もされ、話題を呼んだ同作の複製原画のほか、花輪が服役中に描いたスケッチや、服役中に使っていた色鉛筆なども展示。もうひとつの部屋では、自身が逮捕されるまでの事件の経緯と、中世の火縄銃職人の娘の物語が交錯する長編ファンタジー『刑務所の前』を紹介している。

花輪和一「刑務所の中」展示風景
花輪和一「刑務所の中」展示風景

さらにここでは、現在服役中の人々の表現に触れることもできる。Prison Arts Connectionが手がける「刑務所アート」の展示だ。この部屋では全26人の作品が展示されており、そのほぼ全員が服役中だという。作品は絵画や書のほか、俳句や短歌といった文芸作品もあり、絵画も写実的なものから抽象画、風景画などモチーフや作風も多様な表現が並ぶ。

「刑務所アート」展示風景

「A棟、B棟で『受刑者』として説明される存在が、自分たちの声を外に出せる場所が表現だと思っている。『受刑者』と呼ばれる人たちに、一人ひとり違う存在があるということを感じとってもらいたい」とPrison Arts Connectionの風間勇助は語る。

また同プロジェクトの鈴木悠平は、「人の属性によるものではなく、刑務所という環境、制度のなかにいて、そこから生まれる表現。『受刑者アート』ではなく『刑務所アート』と呼んでいることにも意図があります」と強調する。

最後の「むずびの部屋」では、来場者が備え付けのポストカードに展示を通して感じたことを自由に記すことができる「Prison Postcard Project」を展開。その場にあるポストに投函されたポストカードは、スタッフの選別によりこの展示室に掲示されるほか、一部は全国の刑務所へと届けられる。

C棟会場風景、中央は西尾美也《声を縫う》 提供:星野リゾート

C棟のキュレーションを手がけた美術評論家の楠見清はこう語る。

「それぞれのアーティストが、社会とのつながりや、自分の個人史と社会をつなぐもの、人間の命だけでなく生き物すべてとつながるような祈り、さらには塀の中と外をつなぐ「刑務所アート」の活動──そういったものすべてを現代アートの表現にしている。アートは過去と現在と未来の時間軸をつなぐもの。この展示が未来につながるような存在であってほしい」。なお、C棟の展示は3年を目処に展示替えも予定されている。

監獄の歴史を伝えながら、多様な展示を通して見る者に問いを投げかける奈良監獄ミュージアム。制度と個人、塀の内と外、過去と現在──その境界に思いを馳せ、近代化の歴史と「自由」について考える時間を与えてくれる場所となっている。

後藤美波(編集部)

後藤美波(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。