東京国立博物館 出典:Wiiii - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=9040491
国立の博物館と美術館の運営について、文部科学省が定めた2026年度から5年間の「中期目標」が議論を呼んでいる。 対象は、東京国立博物館など8施設を擁する「国立文化財機構」(*1)、国立西洋美術館など7館を運営する「国立美術館」(*2)、「国立科学博物館」の3独立行政法人。中期目標は、4年後までに展示にかかる費用の65%以上を入館料など自己収入で賄うように求め、4年目において自己収入比率が4割を下回った館は「再編」の対象にすると明記した。国立博物館・美術館に自己収入を増やす数値目標が設定されるのは初めて。訪日外国人観光客が割高になる「二重料金」の設定や常設展の料金改定も盛り込んだ。

この内容が3月初旬に報じられると、国立館に対する国の責任を問う声や影響を懸念する声がSNSを中心に相次いだ。一部の報道は「再編」には閉館も含まれると伝えたため、「#文化庁による博物館美術館潰しに反対します」などとする投稿が拡散し、文化庁に多数の問い合わせが寄せられた。それに対し、文化庁は公式サイトで「『再編』については、『閉館』を想定するものではない」などと説明しているが、具体的な再編像は明確ではなく、疑問はくすぶっている。 国立美術館・博物館に、いわば「稼ぐノルマ」を課す中期目標はなぜ生まれたのか。芸術文化政策が専門の片山泰輔・青山学院大学総合文化政策学部教授とミュージアム現場に話を聞き、背景と論点を整理した。
片山教授はまず、中期目標をめぐっては「内容が十分に理解されているとは言いがたい面がある」と指摘する。たとえば国立館に100%自己収入での運営を求めているような受け止めも一部に起きているが、それは正確ではないとしたうえで、次のように説明する。
「ミュージアムは、企画展や常設展といった展示事業だけで成り立っているわけではありません。重要な基盤機能として、作品などの『収集・保存』『調査研究』『教育普及』もあり、それぞれの事業に費用を要します。次期中期目標は、展示事業に対してのみ自己収入の割合の引き上げを求めており、この点を前提に考える必要があります」
想定される再編の在り方については、「行政用語の『再編』は幅広い内容を含みます。たとえば、現在は各館ごとに行っている展覧会の企画や広報機能を統合するといったかたちも考えられます。収集・保管や調査研究はそれぞれの館が従来通り担い、業務の統合や役割分担の見直しが行われる可能性はあります」と話す。
注目を集める中期目標とは、公共性の高い事業を行う独立行政法人が一定期間に達成すべき目標を指す。所管する官庁が策定し、それに基づき法人は中期計画を立てて実施し、評価を受ける。国からの運営費交付金を大きな財源とする独法の方向性や予算配分を左右する指針と言える。
国立美術館の場合、年間の予算規模は100億円前後で近年推移し、うち運営費交付金が占める割合は7割ほど。文化庁の公式サイトでの説明によると、国立美術館は費用全体の約3割が展示事業、残る約7割が収集・保管と調査研究、教育普及に充てられ、後者の3事業は今後も予算確保に努めるとしている。いっぽう自己収入は展示事業費の約50%に留まり、その拡大が今後焦点となる。
「中期目標には、公的資金で支える事業と、法人に自己収入で担ってほしい展示事業を切り分け、財政的自立を促そうとする意図が感じられる」と片山教授は話す。

背景として考えられるのは、財務省の意向だ。財務省が昨年11月に財政制度等審議会に提出した資料は、国立博物館・美術館について「交付金依存体質」を問題視し、入場料の増加や資金調達手段の多様化による自己収入の拡大、持続可能な収益構造に転換する必要性、「二重価格」の導入検討、国宝・重要文化財の公開期間延長などに言及した。それらは財政審の新年度予算建議に反映され、中期目標にも同様の内容が盛り込まれた。
もっとも文化芸術の基盤を支える国立ミュージアムに「稼ぐ力」を求める流れは、突然生じたものではない。行財政改革や国内経済の長期低迷、少子高齢化による財政制約が重なるなかで徐々に形成されてきた。
公の博物館と美術館を取り巻く環境が激変したのは2000年代初頭。2001年に独立行政法人制度が導入されて国立文化施設にも適用され、03年には自治体レベルで指定管理者制度が導入された。いずれも1980年代以降に欧米で広がった、民間の経営手法を行政部門や公共施設に取り入れる「ニュー・パブリック・マネジメント」を国内で実装した制度だ。
この制度改革について、片山教授は次のように分析する。
「独立行政法人の理念は、単純なコストカットではなく、創意工夫と効率化による『成果の最大化』が目的のはずでした。従前は省庁の一部署の位置づけにあった国立大学、国立病院、国立文化施設等を、人事や財務における一定の裁量を持った独立した経営体に転換し、中期的な展望を持って主体的に経営することを目指したものです。法人化により役所的なルールや上意下達の官僚的組織運営から脱却し、国が設定する中期目標に対して法人側が中期計画を策定して取組み、その達成度を国が評価するというサイクルが導入されました。原資(税金)が限られているなかで、独法側の主体的な創意工夫が活かされることでより良い公的サービスを国民に届ける狙いがありました」
だが、実際の運用は異なる方向に傾いた。行財政改革と導入時期が重なったことで、独立行政法人制度や指定管理者制度は、経費削減や効率化の面が強調されるようになったと片山教授は説明する。 「財政支出の抑制と独法制度は、本来は別の話です。法人化しても予算を増やし、より成果をあげる選択もありえました。しかし国の財政状況が厳しいなか、独立行政法人や国立大学法人は経費削減の手段に使われてしまい、運営費交付金には『効率化係数』が適用されました」
効率化係数とは、運営費交付金が毎年一定割合でカットされる仕組み。法人による経費削減と増収を前提として、物価や人件費の上昇は十分反映されないまま漸減していく構造だ。たとえば国立美術館(国立新美術館を除く4館)の運営費交付金は、独法後の10年間で約30%減少した。

2010年代以降、文化が国の成長戦略や観光振興策に組み込まれると、「文化と経済の好循環」が実現するように支える役割が博物館や美術館に求められた。2017年に成立した文化芸術基本法(旧文化芸術振興基本法を一部改正)は文化と「観光」「まちづくり」「福祉」等の連携を明記し、政府が同年打ち出した「文化経済戦略」は文化資源を経済成長につなげることを掲げて「稼ぐ文化」への転換を目指した。22年の博物館法改正では、博物館に観光資源としての役割も定めた。
「文化に投資して経済発展に役立てようとする政策は一定の合理性があります。ただ現実には、観光資源に活用しやすい分野に施策の重点が置かれ、ミュージアムのような非営利文化産業自体の持続的発展をいかに実現するかという視点は弱かったと思います。結果的に文化を非営利文化産業における雇用や所得の増大やイノベーションではなく、観光関連産業等、文化以外の産業における経済的価値の観点から評価する傾向が強まり、財政圧力やインバウンド増加も重なって、国立博物館・美術館はもっと稼げるはずだという見方が強まったのではないでしょうか」(片山教授)

次期中期目標に対し、ミュージアムの現場からは強い懸念が上がっている。
「集客を重視する共催展(メディア展、ブロックバスター展)への依存度がさらに高まり、学術的・歴史的に重要な自主企画展や挑戦的な試みが行えなくなる恐れがある」(学芸員)
「国内のミュージアムの面積では、一度に受け入れられる人数に制約がある。海外の大型館のように入館者数を増やし収益を上げることはそもそも構造的に難しい」(同)
「二重価格や入館料値上げは、入館者数の減少を招くのではないか」(職員)
「(自己収入の目標設定は)県立など地方公立ミュージアムへの影響も危惧される」(学芸員)
片山教授は現場の懸念はもっともだとしたうえで、国立博物館・美術館の運営のあり方にも課題があったと見る。
「独法化から四半世紀たち、そのあいだに経営感覚も徐々に根付いてきましたが、運営費交付金と入館料以外の収入源の開拓は十分に進みませんでした。独法化の趣旨では、事業収入を増やしたり、支援基盤としての会員制度を整えたり、積極的に寄付を集めたりと、収入源の多様化が想定されていました。ただ交付金抑制による要員不足もあり、マーケティングやファンドレイジングの戦略的な取り組みはあまり行われず、交付金に頼る財政構造が継続されてきた面があると思います」

こうした収入構造や資金調達の課題について、今回の中期目標を体制見直しの「契機」にしてほしいと片山教授は語る。注目するのは、3独法を対象に新設されたインバウンド対応予算だ。2019年に始まった国際観光旅客税を財源として、26年度は3独法に計31億円が計上された。
「増える予算を活用して“稼げる体制”を整え、財政基盤を強化することはミュージアムの長期的安定性の観点から大きな意義があります。海外の主要ミュージアムは、会員制度や寄付、スポンサーシップの獲得、ショップとグッズの充実、ユニークベニューとしての活用等を積極的に行っています。つまり、多様な収入機会を設計して活動資金の調達に結びつけています。問題は、そうした仕組みを戦略的に運用できる専門人材が日本の国立ミュージアムには配置されていないことです。高度なスキルを持つ専門人材を外部から登用し、ファンドレイジングや物販、事業開発を担う体制を作ることができれば、自己収入比率を高める余地はあるでしょう」

さらに片山教授は収入源の多様化を、ミュージアムが「自律性」を継続的に確保するための手段に位置づけた。約140ヶ国・地域の博物館が加盟する「ICOM」(国際博物館会議)の職業倫理規程は、ミュージアムは公共的使命を果たすため、活動の公正性と独立性の維持が求められるとする。
だが近年は、世界各国で政治による文化機関への介入や圧力が顕在化している。象徴的なケースが米国のトランプ政権の動きだ。今年3月にトランプ大統領は、21の博物館を傘下に持つスミソニアン協会に対し、「分断的な歴史観」「不適切なイデオロギー」を助長していると主張して、変更を求める大統領令を出した。大統領令は同協会の理事でもあるヴァンス副大統領に展示や教育、研究内容の見直しを監督させる内容が含まれ、大きな議論を呼んでいる。ポーランドでは、2015年の右派政権の誕生以来、国立館や歴史系ミュージアムの展示内容や館長人事への政府の介入が相次いでいる。

「公費に依存する部分が高いと、運営の方向性が政治状況の変化など外部条件の影響を受けやすくなります。だからこそ、特定の資金源に過度に依存しない体質を作ることは大切です。そうして財政基盤を整えることが、ミュージアムの自律性の担保につながると思います」(片山教授)
ミュージアムの自律性を損なうことなく、持続可能な運営はどうすれば実現できるのか。今回の中期目標は、その根本的な問いをめぐる制度と現実の乖離を私たちが考える契機になるのではないか。