会場風景
千葉・佐倉にある国立歴史民俗博物館は、総合展示室第5室「近代」の展示を約30年ぶりに全面リニューアル。3月17日から公開されている。
1981年に設立、83年に博物館として開館した同館は、日本の歴史と文化を語る文化財・歴史資料を約28万点収蔵し、実物資料のほか精密な複製品や復元模型なども展示している。歴史系博物館を擁する唯一の大学共同利用機関として、国内外の研究者に開かれた共同利用・共同研究拠点としての役割も担う。
常設の総合展示室は全6室あり、日本の歴史・文化をテーマごとに民衆の視点から紹介している。第5室「近代」は1993年から95年にかけて段階的に開室した。開室から約30年のあいだに東アジアの歴史研究や植民地統治研究が大きく進展したことなどを受け、「戦争・戦時社会」、「人々の移動」といったテーマへの取り組みが必要となり、このたびの全面的な展示見直しに至った。
新しくなった第5室「近代」の展示は、世界における近代日本社会の歴史を「<国民>の誕生」「近代化する人びとのくらしと仕事」「<帝国>日本の社会と人びと」という3つのテーマでとらえた構成。加えて「3つの視点」として、「アイヌにとっての近代」「琉球・沖縄からみた近代」「『水平』を目指して」の各コーナーが新設されている。さらに第5室のリニューアルに伴い、第6室「現代」の展示冒頭「戦争と平和」の一部も刷新された。
同館の研究部歴史研究系教授・大串潤児は、同館の展示の特徴について「民衆が向き合った生活史上の諸問題を歴史として表すことにある」と述べ、概説・通史ではなく問題やテーマの歴史に基づいた構成であることを強調した。リニューアルについては、「基本的なテーマである生活史、生活の周りに広がる環境史、さらに社会を広くアジア、海外に開いて考える国際交流の視点を基礎にしながら、多様性の視点を重視したい、また現代的視点を踏まえながら歴史に向かい合うことはどのような営みかを考えていきたい、ということが基本的な考え方」と説明。生活史・環境史・国際交流を基調に、多様性やジェンダー、移動といった視点を導入し、近代社会の構造変容と人々の生活をより立体的に示す展示構成を目指したという。
ここからは、リニューアルされたポイントを中心に、新しくなった第5室の見どころを紹介する。
第5室で扱うのは、19世紀後半から1920年代まで。最初のセクション「〈国民〉の誕生」では、明治維新や文明開化、対外戦争といった激動のなかで社会の仕組みと民衆の生活・意識が変容し、学校や軍隊を軸に「国民」という意識が芽生えていく時代を照らし出す。
幕末の対外関係から展示が始まる点は旧展示と同様だが、以前はペリー来航から解説がスタートしていたのに対し、今回はアメリカだけでなく、イギリス・オランダ・フランス・ロシアなどの列強に加え、朝鮮半島・清といったアジア諸国との関係のなかに日本の開国を位置付ける構成に改めた。明治のお雇い外国人であったイギリス人技術者・ブラントンが制作した日本地図など、多くの地図資料が展示されている点も今回のリニューアルの特徴のひとつだ。
本章の中核「国民をつくるしくみ」では、天皇中心の政治体制への移行や身分制の解体、そして「国民」を形成する制度としての学校教育と軍隊の働きを取り上げる。
さらに旧展示で独立したテーマとされていた「文明開化」は、明治時代全体の変化のなかに位置付けるかたちに変更。自由民権運動については新たな研究成果に基づき解説を充実させ、新政や重税に抗う民衆運動と、「国民」として政治参加を促す民権運動とを対比的に描き出している。「宗教の近代化」も新たに独立したテーマとして設けられた。
今回のリニューアルにおける大きな変更点のひとつが、これまで第6室「現代」に含まれていた日清・日露戦争の展示を第5室に移したことだ。両戦争をより詳しく紹介するとともに、これらの戦争や韓国併合を経て植民地を持つ「帝国」へと変貌していく日本の姿を映し出し、植民地統治の仕組みや現地に生きた人々の状況についても解説している。

また、「アイヌにとっての近代」の展示が本章内に新設された。旧展示では北海道開拓の歴史のなかで触れるにとどまっていたが、今回は円形の独立したコーナーとして整備。前近代から近代、現代までのより長い時間軸でアイヌ民族の歴史・文化・生活を、当事者の声を交えながら紹介している。

「近代化する人びとのくらしと仕事」の章では、資本主義経済の発展、貿易の拡大、植民地の獲得などによって産業構成と労働のあり方が大きく変化するなかで営まれた人々の生活と仕事に焦点を当てる。
農村社会の変化を扱うセクションでは、実在した家族を例に、各家族の構成員が1年間にどのように仕事を分担していたかをグラフで可視化。旧展示が産業そのものをテーマとしていたのに対し、今回はそれを支えた人々の暮らしや経験に重点を移している。

女性が多く雇用された製糸業や紡績業と、男性が働きに出た重工業、鉱山業などの新しい産業も紹介。製糸工場の女性労働者の契約書など多数の資料を通じて、近代における家族や性差の問題も浮かび上がらせる構成となっている。
本章を締めくくる横浜港の大型模型は以前から展示されていたものだが、模型の細部を映し出すモニターが新たに設置された。
また本章では、新たに設けられた「視点」のふたつ目として、「琉球・沖縄からみた近代」のパネル展示が展開される。「琉球処分」を通じて日本に編入された琉球王国。沖縄への転換のなかで人々はどのように生きたのか。その経験を教育や徴兵制、人々が置かれた環境の変化などを通じて伝える。

「<帝国>日本の社会と人びと」では、アジアで植民地や勢力圏を持つようになった「帝国日本」の姿を考える。
冒頭では人とものの移動に焦点を当てながら、第一次世界大戦やシベリア出兵、そして朝鮮や中国における独立運動・抵抗運動など、帝国の拡大と周辺地域への影響、東アジアにおける帝国主義への抵抗の動きを紹介。植民地を巻き込んだ内地の食料問題にも触れる。

この時代は関東大震災という大災害も起きた。旧展示にも震災関連の展示はあったが、今回のリニューアルでは、台湾の博物館と行った企画展の成果などを踏まえ、1935年の新竹・台中地震など、東アジアという視野のなかで震災を考える視点を導入。関東大震災時に生じた朝鮮人を危険視する流言や殺傷事件についてもパネル展示を通じて取り上げている。
都市における新中間層の暮らしと消費文化も本章のテーマのひとつだ。19世紀から20世紀の京都・西陣の町家の台所復元模型と、関東大震災翌年に設立された東京・同潤会アパートの模型が向かい合うように展示されている。
ガスや水道を備え家事負担を軽減した同潤会アパートの台所は当時の憧れの的だったという。興味深いのは、「若き主婦の一日」(雑誌『婦人之友』掲載)と題した特集だ。夫は外で働き妻が家庭を担うという新中間層の性的役割分担を示す資料として展示されているこの特集は、実在の主婦をモデルに1日の様子を写真と文章で記録したもの。夫から家庭における「慰安」の役割を求められること、家の中の悩みを夫に話せずに家事・育児に向き合う姿など、現代にも通じる主婦の本音が垣間見える。
また、ここでは3つ目の「視点」として、被差別部落の人々に光を当てた「『水平』をめざして」のセクションが登場。展示室内には、当事者である山本榮子さんが読み上げた水平社宣言の朗読が流れ、部落差別の様相とそれに抗する運動の展開、そして被差別部落の人々の文化や生業などについて紹介されている。
本章の締めくくりには再現された浅草の街並みが現れ、エピローグとして第6室「現代」の主人公となる当時の子どもたちの姿が紹介される。
さらに第5室のリニューアルに伴い、第6室「現代」の展示冒頭、「戦争と平和」の一部も新たになった。
「膨張する帝国」の展示では、普通選挙制や女性参政権運動、植民地における議会設置要求運動などを通じて「国民」とは何かを問い直すとともに、世界的な経済危機のなかで生活の立て直しを図る民衆の姿や「満洲開拓」などを扱っている。
日本にとって近代とはいかなる時代だったのか。「帝国」となった日本社会とその周辺地域に生きた人々の経験はどのようなものだったのか。世界各地で争いが絶えず、戦争が決して遠い出来事ではないと思い知らされるいま、近代日本の歩みを振り返ることは、現代社会の成り立ちを問い直すきっかけにもなるだろう。