ロン・ミュエク マス 2016-17
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六本木の森美術館で現代美術作家、ロン・ミュエクの個展「ロン・ミュエク」が開幕した。会期は9月23日まで。
ロン・ミュエクは1958年オーストラリア生まれ、英国在住。革新的な素材と技法を用いて具象彫刻の可能性を押し広げてきた作家として知られる。1997年にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開かれた「センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト」展への参加で注目を集めて以来、世界各地で個展を開いてきた。日本国内でも、青森の十和田市現代美術館で常設展示されている《スタンディング・ウーマン》(2007)などを通じて親しまれてきた。

本展は2023年にパリのカルティエ現代美術財団で開幕し、ミラノ(2023〜24)、ソウル(2025)を経て東京に巡回するもので、森美術館とカルティエ現代美術財団の共催により実施される。日本での個展は、2008年に金沢21世紀美術館で開かれた「ロン・ミュエク展」以来、じつに18年ぶり。初期の代表作《エンジェル》(1997)から大型作品《マス》(2016〜17)まで11点が来日し、このうち6点が日本初公開となる。総作品数が約50点と寡作で知られるミュエクの彫刻を11点まとめて紹介する機会は限られており、その意味でも重要な展覧会と言えるだろう。

実物より大幅に拡大、あるいは縮小した人物像を精緻なディテールとともに造形し、孤独、脆さ、不安、回復力といった内面に踏み込むミュエク。鑑賞者の知覚を揺さぶるいっぽうで解釈を一義的に固定せず、人間の身体や存在そのものへの問いとして開かれている点が、その彫刻が長く支持されてきた理由のひとつだろう。ここでは本展の見どころを紹介していきたい。

出展作品はわずか11点。同館の企画展としては比較的小さな数だが、その印象は「少なさ」よりも「余白の豊かさ」に近い。作品のあいだには十分な距離が確保され、互いに関係を結ぶことなく、それぞれが独立した物語を展開する。鑑賞者もまた他作品の存在に視線を奪われることなく、一点一点とじっくり向き合うことができる。
展示の冒頭で観客を出迎えるのは、日本初公開の《枝を持つ女》(2009)だ。大きな枝の束を抱えようとする姿をとらえた本作は、引っかき傷や乱れた髪がおとぎ話を思わせる物語性を帯びる。

続く部屋に登場するのは、大きな《イン・ベッド》(2005)。女性がベッドに横たわる長さ6.5m、幅約4mの大型作品で、2006年に東京都現代美術館で開かれた「カルティエ現代美術財団コレクション展」のキーヴィジュアルにも用いられた。あごを支えて空間の彼方を見つめる表情は、不安や物思いなど多様な解釈を呼び込む。彼女の視線がこちらに向かうことはなく、鑑賞者は対面の関係に立たないまま細部を凝視することができる。


同室には、水着姿の10代の女性を主題とした《ゴースト》(1998/2014)と《若いカップル》(2013)も並ぶ。後者は一見すると初々しい青春の場面のようだが、作品の後ろに回れば男性が女性の手首を強く掴んでいる様子が見て取れ、ふたりの関係をめぐる解釈はそこで一変する。


同館の特徴的な窓を備えた展示室に置かれるのは、日本初公開の《エンジェル》(1997)だ。ミュエクの初期の代表作であり、1999〜2000年にブルックリン美術館へ巡回した前述「センセーション」展でも紹介された。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの《ヴィーナスと時間の寓意》(1754〜58頃)に描かれた翼を持つ老人像から着想を得たもので、人間の身体より小さく、俯きながら物思いにふけるその姿は、一般的な天使表象とは異なる相貌をたたえる。


いっぽう、《ダーク・プレイス》(2018)では、暗闇のなかに中年男性の頭部が浮かび上がる。鑑賞者は暗い入口の手前にとどまるほかなく、彫刻の周囲を歩き回ることも、近づくこともできない。当初ミュエクは自身を主題とする予定だったが、参考写真の撮影に訪れた男性の苦悩に満ちた表情に強く動かされ、主題を変更したという。

同じく日本初公開の《チキン/マン》(2019)は、下着姿の老人と一羽の鶏が向き合う奇妙な情景を、実物より小さなスケールで造形した作品である。沈黙のなかに緊張感が漂い、わずかに開いた老人の口元や握りしめた手が想像力を喚起する。ニュージーランドのクライストチャーチ・アートギャラリーのために制作されたもので、本展ではその制作過程を記録した同名の映像作品も展示されている。

そして本展の中核をなすのが、《マス》(2016〜17)という大型インスタレーション。100体の巨大な頭蓋骨彫刻で構成される本作は2017年の発表以来、フランス、イタリア、オランダ、韓国を巡回し、日本初上陸を果たした。展示空間に応じて毎回再構成されるのも本作の特徴であり、森美術館では約300㎡にわたるサイトスペシフィックな展開となる。

頭蓋骨は一体ごとに色合いとディテールが異なり、個の集合体であることが示唆されるが、彼らが何者であるかを知る手がかりは与えられない。「メメント・モリ」を引き継ぐ西洋美術史の主題でありながら、医学・解剖学・ポピュラーカルチャーといった多義的な参照を抱え込み、集団として鑑賞者に迫ってくる。


18年ぶりの大規模個展となる本展。初期から近作までを一望できる得難い機会であり、作風の変化や深化にじっくりと目を凝らしたい。
灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)