「Ruth Asawa: Retrospective」(ビルバオ・グッゲンハイム美術館)展示風景 © FMGB, Guggenheim Bilbao Museoa, Bilbao 2026
スペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館で開催中の「ルース・アサワ:回顧展(Ruth Asawa: Retrospective)」は、ルース・アサワ(1926〜2013)をワイヤー彫刻の作家にとどまる存在としてではなく、家庭、教育、公共空間を横断する実践者としてとらえ直す回顧展である。会期は3月19日から9月13日まで。

ここで組み替えられているのは、ひとりの作家についての見方だけではない。作品制作と生活、抽象と工芸、個人の表現と社会的関与といった、戦後美術がしばしば分離し序列化してきた領域の関係そのものが、アサワの仕事を通して再考されている。本展の意義は「忘れられていた作家の再評価」ではとらえきれない。問われているのは、何を美術の中心に置き、何を周辺へ押しやってきたのかという、制度そのものである。
サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)とニューヨーク近代美術館(MoMA)の協働で実現した本展は、10のセクションで構成され、ブラック・マウンテン・カレッジ時代の初期実験から、ループ状ワイヤー彫刻、自然着想の作品、版画、公共彫刻の習作、教育活動や自宅にまつわる資料までを含む。重要なのは、それらがたんに年代順に並ぶのではなく、アサワの実践を成り立たせていた条件──知覚訓練、金属線による立体の発見、家庭空間、地域との関わり──が主題的に可視化されている点だ。展示は代表作を列挙するのではなく、制作を支えた環境や思考の持続を浮かび上がらせる。ここで示されるのは作風の変遷というより、制作と思考が織りなす全体像である。

さて、今回の会場となるビルバオは、アメリカ人建築家フランク・ゲーリー設計による、もっとも有名な美術館建築のひとつとして知られる。銀色に輝く印象的な外観、そのダイナミックで有機的なフォルムに対し、本展の会場は1階のホワイトキューブの展示室群であり、壁や天井が湾曲しているわけではなく、自然光が直接差し込むこともない。しかしながら、内部と外部が流動的につながる森のような同館の空間と、繊細な線で構成されるアサワ作品は、 お互いに「共鳴」し合っているように感じられた。MoMA展のレビューで強調されたのは、アサワの実践がワイヤー彫刻に還元できないほど「広く多様な」ものであるという点だった(*1)。ビルバオではその多面性が、自然光に満ちたアトリウムから光を制御した展示室へと移るシークエンスのなかで、空間的にもよりいっそう鮮明になることで、吊られたワイヤー彫刻の透過性や繊細な輪郭を、観者はこの体験的な転調を通じていっそう強く意識する。

アサワの造形の基盤には、複数の経験が重なっている。日系移民の子供としてカリフォルニアに生まれ、戦時中に強制収容を経験した彼女は、差別のため教育実習先を得られず教職への道を断念し、1946年にブラック・マウンテン・カレッジへ進んだ(*2、3)。ヨゼフ・アルバース、数学者マックス・デーン、バックミンスター・フラーらのもとで知覚と造形の実験的教育に触れたことが、制作を方向づけた。アサワ自身がのちに「アルバースはいつも透明性について話していた」と回想しているように(*4)、重なり合う層の透過性という主題は、カレッジ時代にすでに彼女の造形思考の核に据えられていた。

ブラック・マウンテン・カレッジ研究の第一人者メアリー・エマ・ハリスの研究によれば、アサワはデーンやアルバースを通して、仏教徒の両親から実践的に学んでいた反復的行為──見ること、行うこと、在ることの同時性──の意味を理知的にとらえ直した(*5)。1947年にメキシコ・トルーカで習得した籠編みの技法は、ループ状ワイヤー彫刻の直接的契機となった(*6)。さらにシカゴ美術館のシニア・リサーチ・アソシエイト、シャーロット・ヒーリーの研究が示唆するように、フラーとデーンを通じてアサワはメビウスの帯やクラインの壺のようなトポロジー(位相幾何学)的形態にも親しんでおり、内と外が繰り返し反転する彼女独自の造形を読み解く手がかりとなっている(*6)。工芸的な身体知、モダンな造形教育、東洋的な知覚論、そして数理的トポロジー──こうした異種の知が交差する実践として見ることこそ、アサワを単独の「様式」に還元しないために不可欠な視点であり、ビルバオ展が提示しようとしているのもまさにこの全体像である。

1950年代の吊り下げ型ワイヤー彫刻では、輪郭は境界を閉じるためではなく、空気を通し、内と外を同時に成立させるために機能する。「かたちのなかの連続するかたち(continuous form within a form)」──この着想は技法上の発見に尽きるものではない。共同キュレーターのカラ・メインズ(MoMA)が論じているように、アサワの芸術は「見ること」「行うこと」「在ること」の不可分な「トータル・アクト(総合的行為)」を要求し、「二項対立を超えた空間と形態の生の体験に私たちを根ざさせる」(*7)。アサワの彫刻が求めるのは、対象を外から眺めることではなく、空間のただなかに身を置く全人的な知覚体験なのだ。また、基本的にアサワの彫刻作品は「無題」だが、2023年のホイットニー美術館での回顧展カタログでは「見ることを学ぶ(Learning to See)」「かたちのなかのかたち(Forms within Forms)」「内と外(In and Out)」「成長のパターン(Growth Patterns)」など8つの形態テーマに分類されており(*8)、一見均質に見えるワイヤー彫刻群がいかに豊かな変奏を含んでいるかがわかる。


ところで、アサワの強制収容の経験とワイヤー彫刻を短絡的な因果で結ぶことには慎重であるべきだろう。彼女自身は技法の起源としてトルーカやアルバースの教育を語ることが多く、収容体験を怨恨の物語に回収することにも距離を取っていた(*9)。2022年にモダン・アート・オックスフォードで開催された「Ruth Asawa: Citizen of the Universe」展が、収容所での生活や差別と作家の関係性に重点を置いた構成であったのに対し、本展は適切な均衡を保っており、アサワを被害の物語に閉じ込めず、同時に純粋な抽象作家へと脱色もしない(*10)。

さらに本展を特徴づけるのは、「家庭」を制作の中心に置いている点だ。「ノー・バレー(Noe Valley)」や「わが家はかつてもいまもスタジオである(My Home was and is My Studio)」のセクションでは、自宅で制作された作品、ライフマスク、記録写真が示される。アサワが長く「家庭的」「装飾的」と過小評価されてきたのは──1956年のニューヨーク・タイムズ紙が彼女の作品を「装飾的なオブジェ」と評したように(*11)──この多面性が従来の美術の物差しに収まりにくかったからだ。

しかし今日、彼女が強く見えるのは、まさにその多面性ゆえである。そして、次に挙げるアサワ自身の言葉がそのことを端的に示している。「アクティヴィズム──それは無駄なことだ。抗議をして既存のものを破壊するよりも、アイデアを練り、そのアイデアをかたちにしていくほうがよほどましだ」(*4)。アサワにとって、作ることそのものが社会への応答であった。また70歳のときにサンフランシスコ州立大学で「禅、バウハウス、パブリック・アート」と題する講義を担当していたという事実は(*7)、東洋的な知覚論、造形教育、公共空間への関与が、彼女のなかで生涯にわたってひとつに結ばれていたことを端的に示している。本展の強さは、こうした造形上の革新と社会的実践とを別々の業績として並べるのではなく、ひとつながりの絡み合う線の軌跡として、その多面性を見せることにある。

本展をたんなる「再評価」の一語で片づけるべきではないだろう。ゲーリーの有機的な建築空間のなかで、アサワの透過的な彫刻は、工芸と美術、家庭と公共、教育と作品制作といった区分そのものを静かに揺さぶる。彼女の線は、何かを断ち切る線ではない。分けられてきたもののあいだをつなぎ直し、既存の境界線の恣意性を露わにする線である。この展覧会は、その力を制度的にも造形的にも、いまもっとも明晰に示している回顧展のひとつだ。

*1——Sarah Cascone, “Ruth Asawa’s ‘Radically Broad and Diverse’ Practice Shines at MoMA,” Artnet News(米国), 2025年10月27日(https://news.artnet.com/art-world/ruth-asawa-retrospective-moma-2700668)
*2——Guggenheim Bilbao Channel, “Ruth Asawa: Retrospective” opening talk(https://canal.guggenheim-bilbao.eus/en/ott/ruth-asawa-retrospectiva)
*3——Rodrigo Naredo, “Guggenheim Bilbao showcases Ruth Asawa,” EL PAÍS English(スペイン), 2026年3月21日(https://english.elpais.com/culture/2026-03-21/guggenheim-bilbao-showcases-ruth-asawa-the-artist-who-turned-the-barbed-wire-of-her-concentration-camp-into-art.html)
*4——Paul J. Karlstrom, ‘Chapter 6: Interview with Ruth Asawa and Albert Lanier,’ The Sculpture of Ruth Asawa: Contours in the Air, Fine Arts Museums of San Francisco/University of California Press, 2006, pp. 146-153
*5——Mary Emma Harris, ‘Chapter 3: Black Mountain College,’ The Sculpture of Ruth Asawa: Contours in the Air, University of California Press, 2006, p. 51
*6——Charlotte Healy, ‘Triangles to Topology,’ in Janet Bishop and Cara Manes (eds.), Ruth Asawa: Retrospective, SFMOMA/Yale University Press, 2025, p. 308
*7——Cara Manes, ‘Seeing Is Doing,’ in Janet Bishop and Cara Manes (eds.), Ruth Asawa: Retrospective, SFMOMA/Yale University Press, 2025, p. 24
*8——Kim Conaty and Edouard Kopp (eds.), ‘Eight Themes,’ Ruth Asawa: Through Line, The Menil Collection /Whitney Museum of American Art, 2023, pp. 69–225
*9——Ruth Asawa Lanier, Inc., “Ruth’s Life”(https://ruthasawa.com/life/)
*10——Emma Ridgway and Vibece Salthe (eds.), Ruth Asawa: Citizen of the Universe, London: Thames & Hudson, 2022
*11—— “About Art and Artists,” The New York Times, 1956年3月14日 (https://www.nytimes.com/1956/03/14/archives/about-art-and-artists-picasso-paintings-at-the-kootz-gallery-stress.html)