公開日:2026年1月30日

数学者から芸術の道へ、知られざる鬼才の初回顧展「大西茂 写真と絵画」(東京ステーションギャラリー)レポート。位相数学(トポロジー)を応用した独自の創造とは

数学・写真・絵画を越境し、戦後に芸術の道を邁進した大西茂の、日本の美術館では初となる回顧展。会期は1月31日〜3月29日

会場風景より、大西茂《題不詳》(1950年代、MEM蔵)部分

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知られざる異能の作家、日本の美術館初個展

「大西茂 写真と絵画」が、東京ステーションギャラリーで開催される。会期は1月31日〜3月29日。

大西茂(1928〜94)と聞いて、どんな作家かすぐにわかる人はそう多くないかもしれない。「数学・写真・絵画を越境する思索と創作で国際的に活躍した戦後日本美術の鬼才」(本展公式サイトより)でありながら、自らの“求道”に没頭して生前の人的交流が希薄だったこともあり、没後しばらくは“知られざる作家”となっていたからだ。

会場風景より、大西茂《セルフポートレート》(1950-60年代、MEM蔵)。岡山市内山下の自邸で撮影された1枚

本展は、そんな大西の日本の美術館における初回顧展となる。現存する1000点以上の写真と絵画のなかから傑作を厳選して展示するほか、数学研究の遺稿をはじめ豊富な資料も紹介。その全貌を明らかにする世界初の機会となる。

岡山県に生まれた大西茂は、北海道大学へ入学後、博士課程に在籍したのち、同大学の理学部数学研究室に籍を置いて数学の研究を行っていた。位相数学(トポロジー)を追求する独自の研究を「超無限」の研究と名付け、その数学的な理論を芸術を通じて伝えるために、1950年代から写真表現を本格的に開始した。

会場風景より、大西茂《題不詳》(1950年代、MEM蔵)
会場風景

また大西は絵画制作にも邁進。折しも当時は、フランスの美術評論家ミシェル・タピエが唱導する「アンフォルメル」旋風が日本美術界に吹き荒れ、具体美術協会をはじめとする芸術家たちが前衛的な抽象表現をそれぞれの方法で追求していた熱い時代。そのなかにあって大西の表現は、時代のキーパーソンであった美術評論家、詩人、画家の瀧口修造や比較文学者の芳賀徹らに称賛され、タピエによってヨーロッパでも紹介されるに至る。しかし本人は、そうした外部からの評価や美術界で名を成すことに興味を持たず、ただひたすら制作に没頭したという。

会場風景

戦後日本で活躍した前衛芸術家たちの再評価が近年世界的に進んでいるが、大西もそのひとり。2010年代に日本とフランスで開催された写真展をきっかけに、ニューヨーク近代美術館が写真作品を収蔵し、Foam写真美術館での写真展開催、バレンシアのBombas Gens Centre d’Artでの写真と絵画による個展開催などが相次いでいる。本展はいわば“逆輸入”的に再評価が高まる大西の全貌を日本で紹介する貴重な機会。会場では大西を世界に広めているギャラリーのMEMや京都国立近代美術館の収蔵品などが展示されている。

会場風景より、《求道の幻想》(1955、京都国立近代美術館)

「超無限」とは何か

本展を担当する同館学芸員の若山満大は、大西について「幼少期から、世界はどのように成り立っているのかという、存在論的な問いを持っていた。世の中には説明できないことがたくさんあるということを考えるなかで、数学の道に進んだが、この根本的な問いは数学だけでは解決できない。その壁をどうすれば突破できるだろうかと考えたときに、出会ったのが芸術だったのです」と説明。そしてその芸術は、彼が数学を通じて探究を続けていた「超無限」という難解な概念を体現するものだった。「超無限」というのは、物や風景が成立する以前の「世界の始原的な状態」であり、「対象が矛盾した状態で成立している」状態であるという。

若山満大学芸員

「対象が矛盾した状態で成立しているとはどういうことか。それは大西の写真作品を見れば一目瞭然です。たとえば抽象と具象は本来同居しませんが、大西の作品ではこのふたつが同居しています」(若山)

確かに大西の写真作品には、女性などを写した具象的イメージと、ソラリゼーションや多重露光を多用して生み出した抽象的イメージが重なり合っている。

会場風景より、《題不詳》(1950年代、MEM蔵)
会場風景より、《題不詳》(1950年代、MEM蔵)
会場風景

大西は独学によって芸術活動を行ったというが、当時としては異例の暗室技法によって、こうした画面の効果を生み出していたことも特筆すべきことだろう。

また当時の写真芸術を取り巻く状況へと目をやると、1950年代の日本写真界の主流は木村伊兵衛や土門拳らに代表されるリアリズムであり、戦後激動の社会を鋭くとらえるジャーナリスティックで社会的作品が支持を集めていた。そうしたなかで、大西の写真は自由な実験精神という美点が、批評家たちから評価されたのだった。

会場風景

絵画作品、墨の抽象画

数学に関する資料や、ミシェル・タピエらとの交流などを示す資料を経て、後半は絵画の展示へ。

会場風景
会場風景。1960年に具体美術協会が大阪の髙島屋の屋上で実施した「国際スカイフェスティバル」は具体の会員や海外の作家による下絵を拡大して描き、アドバルーンに吊って空中に展示した展覧会だが、大西もこれに参加していた

メディウムを写真から絵画へと変更した大西だったが、そのテーマは変わらず「超無限」という独自の数学的探究にあった。「どんな色を使うか、紙を継いでいいかといった選択にも、すべて理由があった」(若山)というその絵画制作を貫く理論は、一介の鑑賞者には理解が及ばないが、「超無限」は直感するもの、体験するものという大西の考えを表現するのが絵画だったという。

会場風景
会場風景より、大西茂《題不詳》(1960年代、MEM蔵)

大西の縦横無尽でダイナミックな線のうねりが特徴的な絵画作品は、タピエによって国内外で紹介され、同時代の評論家たちからも注目を集めた。じつはタピエも数学に造詣が深く、そうした興味の共通から大西の作品を高く評価したということもあったそうだ。

会場風景
会場風景
会場風景

展覧会では横幅2〜3mに及ぶ大型作品も出品される。「まずは作品の圧倒的な存在感を感じてもらいたい」と若山。「数学・写真・絵画」という3つの要素が分かち難く結びついた異能の数学者・芸術家の表現を、ぜひ間近で体験してみてはいかがだろうか。

美術館入口

福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)

「Tokyo Art Beat」編集長

福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)

「Tokyo Art Beat」編集長

『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。