公開日:2026年4月16日

「拡大するシュルレアリスム」(東京オペラシティ アートギャラリー)レポート。広告やファッションとの接続から辿る、革新的芸術運動の発展

ダリやマグリットら国内の名品が一挙集結。会期は4月16日〜6月24日。

会場風景

*チケット割引情報🎫

Tokyo Art Beatの有料会員機能「ミューぽん」を使うと本展のチケット料金が200円OFFに! 会員ログイン後に展覧会ページからご利用いただけます。ミューぽんの詳細はこちら

「理性によって分断された世界をどう乗り越えるか」を追究した芸術運動

シュルレアリスム(超現実主義)の発展と変遷を多角的に検証する展覧会「拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ」が、東京・初台の東京オペラシティ アートギャラリーで開幕した。会期は6月24日まで。

1924年に詩人のアンドレ・ブルトンによって定義づけられたシュルレアリスムは、フロイトの精神分析学に影響を受け、フランスで起こった芸術運動。その誕生背景には第一次世界大戦がある、と本展担当学芸員の瀧上華は話す。凄惨な光景を目の当たりにした人々のなかに、それまで絶対視されていた人間の理性への疑念が芽生え、その理性によって分断された世界をどう乗り越えるかという問いがこの運動を生んだ。

シュルレアリスムの表現は、オブジェ、絵画、写真などの視覚芸術の分野にとどまらず、雑誌や広告、ファッション、室内デザインなど日常に密接した領域へと広がり、社会全体に影響を及ぼした。本展では、サルバドール・ダリ、マックス・エルンスト、ルネ・マグリットらの絵画をはじめ多様なジャンルの作品を一堂に集めながら、広告・ファッション・インテリアへの「拡大」にも焦点を当て、新たなシュルレアリスム像の提示を試みる。

会場風景

この「拡大」というテーマについて、瀧上は「運動内部からは大衆化や商業主義への接近だという批判もあった。いっぽうで、“理性で分断された社会をどう変えていくか”ということがシュルレアリスムの本質にあったことを考えると、そのような接続は運動の本質的な部分とも関わっていたのではないか」と語り、本展の企画意図を説明した。

展示が国内の所蔵作品のみで構成されていることも本展の特徴のひとつ。今年3月まで大阪中之島美術館で開催された展示から一部作品・資料を追加・変更して紹介しており、会期中には一部の展示替えも行われる。

「超現実」と向き合うオブジェと写真

展覧会は、ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』の書籍の展示で幕を開け、テーマごとに分けられた全6章から構成される。

アンドレ・ブルトン シュルレアリスム宣言・溶ける魚 1924

シュルレアリスムにおける「超現実」とは、主体を離れ、客体(フランス語でobjet、オブジェ)として事象を見つめたときに立ち現れるもの。芸術家たちは、私たちが疑いなく現実として認識しているもののなかから、より上位の現実である「超現実」を露呈させようとした。第1章では、帽子掛けやシャベルを用いたマルセル・デュシャンのレディ・メイド作品、メトロノームに瞳の写真を組み合わせたマン・レイの《不滅のオブジェ》、ダリの《象徴的機能をもつシュルレアリスム的オブジェ》など、「超現実」と向き合ったシュルレアリストたちのオブジェに光を当てる。

第1章会場風景より、マルセル・デュシャンの作品
左から、ともにマン・レイ《不滅のオブジェ》(1923/1965の再制作)(ed.79/100)、《贈物》(1921/1970の再制作)(ed.8/11)

第2章では、マン・レイを中心に、日常的なモチーフをオブジェとして写し取った多様な写真表現を紹介する。

ニューヨークでダダの運動に携わり、1921年の渡仏後にパリのシュルレアリストたちと交流を深めたマン・レイは、カメラを使わずに印画紙の上へ直接物を置いて露光させるフォトグラムの手法を「レイヨグラフ」と名付け、「第1回シュルレアリスム展」(1925)に出品した。この手法で制作された写真作品では、光の特性や作家がコントロールできない偶発的な要素を取り込むことで、光を受けて黒くなった印画紙の上に抽象的な造形が浮かび上がる。

マン・レイによる「レイヨグラフ」の作品

このほか、広告・ファッション写真を多く手がけたモーリス・タバールのコラージュや、ピエール・ブーシェヴォルスらの作品も紹介されている。

会場風景
モーリス・タバール 無題(自写像のコラージュ) 1930

ダリやマグリット、エルンストらの名作絵画が集結

第3章では、この芸術運動においてもっとも親しまれた表現形式である絵画を取り上げる。「自動筆記(オートマティスム)」、物を本来の環境から切り離して脈絡なく並置することで違和感や驚きを生む「デペイズマン」「コラージュ」、心のおもむくままに描く「自動デッサン」、紙と紙のあいだに絵具を挟んで偶発的なイメージを生む「デカルコマニー」など、様々な手法が紹介される。

展示室では、匿名的な山高帽の男の体の中に静かな風景が広がる《王様の美術館》と、山高帽の男の背中にボッティチェリの名作《春》に登場する春の女神を組み合わせた《レディ・メイド》──マグリットの2作品が、壁を挟んで象徴的に展示されている。

ルネ・マグリット 王様の美術館 1966
中央が、ルネ・マグリット《レディ・メイドの花束》(1957)

周囲には、シュルレアリストに影響を与えた「形而上絵画」を提唱したジョルジオ・デ・キリコの作品や、ブルトン、イヴ・タンギー、ヴァランティーヌ・ユゴー、ジャネット・タンギーが4人で順番に描く手法で制作した《甘美な死骸》をはじめ、ダリ、エルンスト、ジョアン・ミロ、ジョセフ・コーネルら名だたる作家たちの幻想的な絵画が並ぶ。

会場風景
左から、アンドレ・マッソン《デッサン・オートマティック》(1926)、アンドレ・マッソン、イヴ・タンギー、ヴァランティーヌ・ユゴー、ジャネット・タンギー《甘美な死骸》(1933頃)

さらに章の奥には、シュルレアリスムの運動を支えた出版物と装丁にフォーカスした特別展示が展開されている。「持ち運べる美術館」として制作されたデュシャンの《トランクの中の箱》や、機関誌『シュルレアリスム革命』などを見ることができる。

会場風景

広告とファッション。日常に広がる超現実のイメージ

第4章からは、本展のテーマ「拡大するシュルレアリスム」の核心へと入る。広告やファッション、インテリアといった視覚芸術にとどまらないシュルレアリスムの広がりをたどる。

広告の領域では、デペイズマンやコラージュの手法を用いたポスターや雑誌表紙が作られた。デ・キリコが手がけた『ヴォーグ』の表紙、ダリによる国有鉄道のポスター、アドルフ・ムーロン・カッサンドルによる『ハーパーズ・バザー』の表紙など、意図的な違和感によって訴求力を演出した作品群は、シュルレアリスムの表現が大衆の日常へと浸透していたことを示している。

アドルフ・ムーロン・カッサンドルによる1930年代の『ハーパーズ・バザー』の表紙
会場風景

ファッションとシュルレアリスムは、つねに近接する関係にあった。衣服を纏うマネキンや身体への欲望は、シュルレアリストたちのインスピレーション源となり、その関係は雑誌の表紙やファッション写真、彫刻作品などに表れている。

会場風景
会場風景より、ヴォルスの写真作品

本展ではとくに、シュルレアリストたちとの交流が深かったデザイナー、エルザ・スキャパレッリの仕事に注目する。1927年のデビュー以来、ダリとのコラボレーションによるスーツやドレスなど奇抜なデザインを多く手がけた彼女の作品として、マッチという日常的なモチーフをオートクチュールのドレスに用いたイヴニング・ドレス、ハートや動物をモチーフにしたデコラティブなジュエリー、独自のデザインを施した香水瓶などが集結。多様な作品を通してファッションとシュルレアリスムの関係を探る。

会場風景より、エルザ・スキャパレッリによる香水瓶
エルザ・スキャパレッリによるジュエリー

日常の秩序を転覆させるインテリアや室内空間

家具や室内空間もまた、シュルレアリストたちの重要な関心の対象だった。かれらはしばしば不穏な空気の漂う室内を絵画に描いたが、日常生活の場である室内の安定した秩序を転覆させることは、シュルレアリスムにとって大きな意味を持った。ダリは唇型で有名なソファをはじめ、実際に機能を持つ家具も手がけている。

最終章の第6章は、安息の場であるはずの室内が恐怖の空間へと変貌するルイス・ブニュエルとダリの実験映画『アンダルシアの犬』で幕を開ける。続いて、自然の有機的形態を取り入れたミロやジャン(ハンス)・アルプらの絵画・彫刻、大きなスプーンを組み合わせたダリの椅子、シュルレアリストたちと交流を持ったイサム・ノグチのコーヒーテーブルなどが並ぶ。

会場風景
会場風景

ギリシャ風の神殿や柱、女性が描かれた3連の絵画は、ポール・デルヴォーが航空会社の社長の依頼により、邸宅のサロンの壁を飾るドアとして描いたもの。室内空間に屋外の情景を持ち込み、内と外を反転させる本作からは、空間そのものを変容させるシュルレアリストたちの試みの一端を体感することができる。

会場風景より。右はダリのリップ・ソファへのオマージュとして、1972年にイタリアのデザインチーム・スタジオ65が制作したソファ「ボッカ」

約100年前に生まれた芸術運動であるシュルレアリスムは、現代の表現にも深く影響を与え続けている。国内の所蔵作品のみでその多様な発展と思想の探究に触れられる本展は、シュルレアリスムへの新たな視点をもたらしてくれるだろう。

後藤美波(編集部)

後藤美波(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。