「TCAA 2026-2028 授賞式・受賞記念シンポジウム」の会場(東京都現代美術館)にて。左上から時計回りに近藤健一 、近藤由紀、古屋留美(東京都生活文化局長)、やんツー、潘逸舟、堤雅史(公益財団法人東京都歴史文化財団 理事長) 撮影:灰咲光那
東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が実施する、中堅アーティストを対象にした現代美術賞「Tokyo Contemporary Art Award」(TCAA)。6回目の受賞者が、潘逸舟、やんツーに決定し、3月4日に東京都現代美術館で授賞式およびシンポジウムが開催された。
TCAAは、アーティストのキャリアにとって最適な時期に、最善の支援内容を提供する必要性を重視して2018年に創設された賞で、現在隔年で2組が選出されている。受賞者は、賞金300万円授与、海外での活動支援(上限200万円)、東京都現代美術館での展覧会実施、モノグラフ(作品集)作成など、約3年という長期にわたるサポートを受けられるのが特徴だ。

潘逸舟は1987年上海生まれ、東京都在住。映像、パフォーマンス、インスタレーション、写真などのメディアや身の回りの日用品などを用いて、共同体や個が介在する同一性と他者性について考察する作品を発表する。幼い頃に上海から青森に移住した経験を持つ自身の視点をベースに、切り取られた日常風景の中に自らの身体を介入させ、社会と個の関係のなかで生じる疑問や戸惑いを、真摯に、ときにユーモアを交えて表現する。
やんツーは1984年神奈川県生まれ、同在住。描く、鑑賞する、作品を設置(撤去)するなど、美術の制度にまつわる人間特有と思われている行為を機械に代替させるインスタレーション作品で知られる。近年はレーシングカー玩具を鈍速化させたり、自作の大型発電機によって展示空間を発電所に変容させるなど、テクノロジーの利便性や合理性の背後に隠蔽される、政治性、特権性、暴力といった問題にフォーカスし、技術に規定される社会の在り方を問う作品制作を行う。
ふたりの受賞者を選んだ選考委員たちの言葉、そして作家たち自身が語った制作の動機と今後の構想とは。ここでは授賞式とシンポジウムの様子をレポートする。

第一部の授賞式では、まず今回から選考委員に加わった近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)が、「優れた候補者が多数おり、選ぶことが難しい審査でした」と振り返り、「そんななかで受賞者のふたりは、発展性、制作の動機、(受賞した場合に実施する)展覧会の実現性、また世界的な目線で見たときの固有性、普遍性、同時代性、将来性など、多岐にわたる選考基準を非常に高いレベルで満たしています」と話した。加えて「この賞は、『切迫性』も重視します。ひとつはコンセプトや制作において新しいことをやろうとしているタイミングであること。もうひとつは海外のアーティスト・イン・レジデンスに参加したり、著名な芸術祭で新作を発表したり、近年それぞれが国際的な場で積極的に活動していること。そういう基準で見て、ふたりは次のステージに行く時期なのではないかと、選考委員全員の意見が一致して受賞が決まりました」と受賞者たちの今後に期待を込めて選出したことを強調した。
受賞者の挨拶で、潘は自身の作品についてこのように紹介した。「パフォーマンスを通して、自分の身体をひとつのメディアとして表現してきました。作品は自分自身と分離できず、変化し続けていく『なまもの』です」。また、潘にとって制作や発表の動機は、「会えない人に会うため」だという。「過去や未来、遠くにいる人など物理的なことだけではありません。タイトルをつけ、見てもらうために展示することで、作品が自分から離れていく。すると、たとえその場にいなくても、いろんな人と出会うことができます。そして、また次の作品を作りたくなるのです」(潘)

そして、TCAAの支援による海外活動についてこのように意欲を見せた。「まったく行ったことがない場所に移動して、身体がどのように場と共存していくのか。中堅作家とはいえ、新人のようなつもりで挑戦的なことをしていきたい」(潘)

続いて、今回の受賞を「16年にわたる表現活動のなかでもっとも嬉しい瞬間と言っても過言ではない」というやんツーは、TCAAとの縁について、「1回目への応募を推薦していただいたのですが、当時はキャリア10年程でまだ自信がなく、諦めました。その後は声がかからず、少し後悔しつつ、いずれは自分が立つ舞台と強く意識するようになりました。ようやく中堅作家という覚悟が決まったところでこうして評価していただけたことが光栄です」と述べた。

また、近年の活動について、「活動初期からテクノロジーを使い、その恩恵にあやかりながら、ここ数年は暗部に光を当て、直視しようと試みています」として、BUGで開催された個展「浮遊する器官」(2月25日〜4月5日)で発表した戦争で使われるドローンと原始的な兵器であるカタパルト(投石器)を用いた新作を例に挙げた。「テクノロジーが万能な薬であると思われている部分と、表裏一体である毒の部分にフォーカスし、凄惨な暴力や非対称性といった不都合について考えています。テクノロジーは私たちの生活を豊かにすると同時に戦争や紛争また兵器開発によって進歩し、政治利用されるものです」(やんツー)
受賞者としての海外活動は、まずは各国での先端テクノロジーのリサーチに充てる計画だ。
「改めて重いテーマに取り組んでいると実感しています。しかし、テクノロジーそのものがポリティクスであるという事実に背を向けたくなく、楽観視もしたくない。時間をかけて制作に取り組み、2027年度に東京都現代美術館で展覧会に臨みます」(やんツー)

第二部では、受賞者と選考委員によるシンポジウムが行われた。
選考委員は、今回から新たに加わったホセリーナ・クルス(マニラ現代美術デザイン美術館[MCAD]ディレクター兼キュレーター)、近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)と、前回から選考を継続する高橋瑞木(CHAT館長兼チーフキュレーター)、野村しのぶ(東京オペラシティアートギャラリー シニア・キュレーター)、レズリー・マ(メトロポリタン美術館 ミン・チュー・シュウ& ダニエル・シュー 近現代美術部門キュレーター)、近藤由紀(トーキョーアーツアンドスペース[TOKAS]プログラムディレクター)ら現代美術の最前線にいる国内外のキュレーターやディレクター6人。うち、シンポジウムには近藤健一と近藤由紀が登壇した。

授賞式で選考基準について説明があったが、ここからは作家個別の評価ポイントの話題へ。まず、近藤健一は、やんツーがテクノロジーを用いてグラフィティやドローイングを自動的に描く装置を起点に制作してきたことについて、「ほかの選考委員とともにスタジオを訪問しました。初期作品もたくさん見ることができ、ルーツはストリートアートにあるということも再確認できました。近年の関心は最新技術のモラルやダークサイドの問題に推移しながらも、いっぽうで笑わせてくれるようなナンセンスの系譜があるということが、やんツーさんの作品の素晴らしさ。たんなる観察や批判にとどまらない表現のレイヤーがあり、非常に興味深いです」と話した。
続いて、近藤由紀はまず選考の総評として「現代的な課題を乗り越えるために、前近代的な思考や実践を探求したり、直感や身体的な感覚に信頼をおいたりして、オルタナティヴな方法や思考を模索し続けているアーティストたちが印象に残りました」と話した。
そのうえで、「潘さんの定義や解釈が興味深く、選考会のプレゼンテーションで『身体は全体に対して盲目的であるが、動き続けなければ生きていけないという不条理を抱えている』と話していたのが印象的でした。これは、潘さんの作品に通底する言葉だと思いました」と評価した。潘が話したのは、《波を耕す》(2024)という、潘自身が海に入り、やってくる波を鍬で耕し続けるパフォーマンスに対するもので、「たとえば、現代の労働者は流れ作業のなかにいて、その全体を見ることはできない。全体に対して盲目的に生きざるをえない私たち個人は、そのなかで絶えず労働し続けている。さらには同じ作業を反復することでしか、その場に居続けることができないというメタファーもこめられている」というものだ。

「人と人、制度と個人、そういった関係を、ミニマルな表現で示し、それが非常に鮮やかで視覚的に強い。動機や関心が作品自体と結びついており、直感的に選んでいるようにも見えるのに、やっていることは明晰というなんともビジュアルアーティストらしい矛盾が反転して、広がりと強度を作品に与えています」(近藤由紀)
次に、スライドを使って受賞者がこれまでの活動をプレゼンテーションした。
潘は、9歳で上海から青森に移住した。育ったエリアには、国際芸術センター青森[ACAC]があり、滞在するアーティストの作品を見る機会も少なくなかった。なかでも潘は、パフォーマンスに惹かれ、高校で暗記する必要がある歴史の問題を長い布に書き、身体に巻き付けるという実験的なパフォーマンスをしたことなど、表現活動の初期段階から今後の構想までを話した。

近く、TCAAの支援を使って、南米およびブラジルに移住した日本人たちの調査に取り組む予定だ。潘は、2020年に神戸アートビレッジセンターで開催した「移動する身体」をテーマにした個展「いらっしゃいませようこそ」のために、過去に神戸港から出発した移住者の写真や資料をリサーチしたことがきっかけとなり、移民に関心を寄せ続けている。この作品は、外国人技能実習生とともに農業労働に従事した体験から生まれた《ほうれん草が日本語で夢を見た日》(2020)などにつながった。

「言葉で理解すること、身体で理解することは全然違うものです。フィジカルな経験とは一体なんなのかというのを現地の滞在で感じたい。『Home is Away, Away is Home』という言葉をキーワードにして、身体と場所について考えていきます。2年後の展覧会で見せることができればと思います」(潘)

いっぽう、やんツーは学生時代からストリートアート、グラフィティに強い関心を持って活動し、大学院ではメディアアートを研究した。「何かを表現することは人間の特権的な営みなのか」という疑問から二重振り子による有機的な運動からスプレーで描くドローイングマシン《SENSELESS DRAWING BOT》(2011)で文化庁メディア芸術祭の新人賞受賞。さらに、《Avatars》(2017)では同賞優秀賞を受賞(共に菅野創との共同受賞)するなど、着実にキャリアを築いてきた。
「”It is the spectators who make the pictures”(見るものが芸術を作る)というマルセル・デュシャンの言葉に触発され、美術の鑑賞にまつわる脱人間中心主義の思想や身体の新しい感覚などを、テクノロジーを用いて取り上げるようになりました」(やんツー)

その後、コロナ禍を経て加速する資本主義と脱成長の思想などを改めて意識するとともに、道具としてではなく、テクノロジー自体が作品のテーマとなり、倉庫ロボットや発電機など現代生活と密接なテクノロジーとその暗部に目を向けた作品を積極的に発表するようになる。そして、最新作ではAIが搭載されたドローンとカタパルトを用いて、兵器としてのテクノロジーを取り上げた演劇式のインスタレーション展開している。

「TCAAの海外活動では、やはり世界各地でテクノロジーのリサーチをしたいと思っています。戦争に使われることでAIが進化しているという状況も考えなければいけないので、できることなら行ってみたい場所がたくさんあります。また、ここ数年は発電をテーマにした作品に取り組んでいることから原子力の問題にも強い関心があり、とくに核融合の施設に興味があります」(やんツー)
受賞者たちの話を受け、近藤健一は「潘さんの過去の移民や労働に関するプラクティスからつながって、新しい展開に移っていく過程に興味を持っています。やんツーさんには、森美術館の『六本木クロッシング2022』展に参加してもらった際、核の問題に興味を持っていることを教えていただいていました。数年を経て、本格的にリサーチできる状態になったということで楽しみです」と話した。


また、近藤由紀は、「やんツーさんはメディアアートというイメージが強く、テクノロジーに関心があると思っていたのですが、知れば知るほど、テクノロジーを通して、人間の存在論を突き詰めているのだということがわかりました。そういう意味では、潘さんの全体を見ず、目の前のことだけやり続けている身体についての話と共通する部分があるかもしれません。やんツーさんの作品には、私たちの行為の無自覚さに対する批判が込められていると感じます。ふたりが様々な場所での経験を通して、これから鑑賞者に明らかにしていってくれると思います」と結んだ。

選考委員がもっとも切迫性を感じたという絶好のタイミングで、ふたりの作家が取り組もうとするリサーチや実践は、今後どのような展開を見せていくのか。2027年度に控える受賞記念展が期待される。