左から、杉田敦、サエポーク、サエボーグ 撮影:廣田達也
日本とブラジルの外交関係樹立130周年を記念し、国際交流基金は2025年度にブラジル最大の都市サンパウロでふたつの大型文化事業を実施した。その報告会が東京都新宿区の同基金本部で開催され、事業に参加したパフォーマンスアーティストのサエボーグやメディアアーティストの落合陽一らが登壇。ブラジルでの作品発表から得た経験や成果、現地の観客の反応などを具体的に語り、聴衆は熱心に耳を傾けた。
世界最大の日系人社会(約200万人超)を擁するブラジルと、アジア圏以外では最多となる20万人超のブラジル人が暮らす日本。地球上のほぼ対蹠点(アンティポード)に位置する両国は、自然環境や歴史的背景は大きく異なるものの、人的往来を基盤とする強固な関係を築いてきた。130周年事業は、基金と共催のブラジル商業連盟社会サービス(SESC)が協議し、誰もが楽しめる「体験型」「参加型」、日本らしい独自性がある作品などをキーワードに構想された。

実施した事業は、サエボーグの南米初公演《Super Farm》(2025年11月の4日間)と、落合ら次世代の作家13組が出品したメディアアート展「アンティポード、はるかなきみへ」(2025年10月8日~2026年1月25日)。ブラジル屈指の民間文化組織のSESCがサンパウロに所有する複数の複合施設を会場に、ふたつの事業に計約9万人が来場し、現代日本のアートを楽しんだ。
今年2月に開催された報告会は、第1部はサエボーグと美術批評家の杉田敦が対談し、第2部は「アンティポード」展をキュレーションした森山朋絵(東京都現代美術館学芸員)と落合がプレゼンテーションを行った。本稿は、示唆に富む会話が弾んだ第1部のあらましをお伝えしよう。

サエボーグは1981年富山県生まれ、女子美術大学卒。家畜や虫を題材に自作したラテックス製ボディスーツに身を包み、パフォーマンスやインスタレーションを国内外の展覧会や芸術祭で展開。作品の批評性が高く評価され、中堅作家が対象の現代美術賞「Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024」などを受賞している。
芸術理論研究者でもある杉田は、芸術と科学、哲学を横断的に論じ、アーティストとの協働による独自企画も手がける。2023年まで女子美大教授を務め、サエボーグは元教え子でもある。今回はサエボーグの公演の関連イベントとして現地でトーク・レクチャーを行った。

対談は、サエボーグが杉田にレクチャーを依頼した理由から始まった。
「杉田さんは私の作品と活動歴をよくご存じなのに加え、『ケア』の思想について深い知見をお持ちです。《Super Farm》にはケアのテーマも含まれているので、その視点から語っていただきたいとお願いしました」(サエボーグ)
「10年以上前からケアの現場に緩やかに関わり、ケアについて継続的に発言してきました。近年アート分野ではケアに対する関心が高まっています。そうした流れもあるのでサエボーグさんは僕に依頼したのだと思います」(杉田)

公演に先立つ昨年8月、リサーチとトークのためふたりはサンパウロを訪問。2度実施したトークは杉田が「アートとケア」をテーマに講演し、世界的な現代アートの潮流のなかでのサエボーグ作品の位置づけや日本の身体表現について現地の専門家と語り合った。会場は演劇、舞踏の研究者や学生らが多く集まり、様々な質問や意見が飛び出して、熱気に包まれた。
杉田によると、サンパウロでは日本の前衛的な「舞踏」の人気が高い。その背景として、杉田は当地で何度も公演した舞踏家の大野一雄(1906~2010)の存在を指摘した。大野を招いたのはブラジル現代演劇を代表する演出家アンチュネス・フィーリョ(1929~2019)という説もあり、日本の舞台芸術に関心を寄せた彼が創設した演劇研究センターが入るSESCの施設で、初回のトークは行われた。サエボーグは自身のブラジル公演について「フィーリョさんが築いた土台との連続性を感じた」と述べた。

リサーチでは、200部族を超す先住民族や日系移民の専門博物館、社会と建築を結び付けたモダニズム建築家リナ・ボバルディ(1912~92)が設計した建物などを訪れ、多民族国家であるブラジルの歴史と文化について学びを深めた。サエボーグが作品制作の参考にする目的で養鶏場にも足を運んだ。出荷されたとの理由で鶏の姿はなかったが、養鶏場の社長との会話を通じて家畜と食、生命を巡るブラジル的な価値観に触れた。
「人工培養肉について質問した際、社長さんが『食べることは家畜の命と一体化する行為であり、生命を伴わない人工肉はその意味を持たない』と語ったのが印象的でした。食を人間がほかの命を取り込む行為ととらえる発想が非常に興味深いと感じました」(サエボーグ)

ポルトガル人が持ち込んだキリスト教、先住民族の精霊やアニミズム信仰、奴隷にするため連れてこられた人々の信仰を起源とするアフリカ系宗教のカンドブレなど、現代のブラジル社会は多様な宗教が混淆しながら共存する。杉田は、こうした宗教的重層性が、屠畜や動物に対する通常の西洋的な考えとは異なる認識を醸成している可能性を指摘する。
「サエボーグさんの作品は、これまでは管理された食体系の中に動物が組み込まれる先進国型の構造へのカウンターとして観客に受け止められてきました。その前提自体が異なるブラジルで、作品の批評性は機能するのだろうか。じつはそんな懸念を、リサーチの合間にサエボーグさんとふたりで話したこともあったんです」(杉田)

では実際の公演は、現地の観客にどう受け止められたのだろうか。
サンパウロで上演した《Super Farm》は、玩具のようにカラフルな牧場を舞台にデフォルメされた家畜たちが出産や授乳、屠畜といったライフサイクルを演じるパフォーマンス作品。2023年に「世界演劇祭」(ドイツ)で初演した本作は、パフォーマーだけでなく観客も耳や尻尾など装具を付けて舞台に参加し、動物の一員として振る舞う構造を持つ。そんな実験的作品でありながら、計6回実施した公演はすべてソールドアウトになり、終演後の観客アンケートは「オッチモ(最高)!」の評価が多数寄せられた。

パフォーマンスの後半、パフォーマーと観客が混然一体となる祝祭的なシーンでの音楽の選択も公演の雰囲気を左右した。当初は英語の曲を流したが、観客の反応は鈍く、現地スタッフの助言を受けてブラジルの人気歌手ジルベルト・ジルの楽曲に変更すると、会場は一転して大合唱に包まれたという。また包丁を手にした農婦役が登場する場面では、物語に没入した観客の子供たちが一丸となって立ちはだかり、農婦を阻止しようとする一幕もあった。

「本作は管理屠畜への批判だけでなく、動物との交流やケアのテーマを含んでいます。作品の暴力的でない後者の面が、ブラジルの方々には強く響いた印象がありました。以前、今回選出された理由を国際交流基金に尋ねたところ、ブラジルでは家畜と環境の問題に社会的関心が高まっており、また私の作品が『人間の動物化』を扱っている点もブラジル文化と親和性があり評価された点であると聞きました。たとえばディズニーのアニメ作品など西洋の表現は動物を擬人化する方向性を取ることが多いのに対し、ブラジルの先住民の方々のコスモロジーのなかにあるような、その逆の人間が動物へ近づく発想はブラジル的な感覚に通じるのではないかと言われたのを思い出しました」(サエボーグ)

公演と併せてワークショップも実施した。サエボーグが犬の着ぐるみを着けて「サエドッグ」に扮し、参加者は「人間の言葉を使わない」という条件のもと、動物として身振りや発声を介して交流する。人間に飼われるペットの弱さと愛らしさに着目し、言語を介さない身体的なコミュニケーションによるケアや癒しの可能性を探求する試みだ。

複数回数を実施したワークショップは、教育関係者や心理学専攻の学生など多様な人が参加し、深い共感を伴う好意的な意見が多く寄せられた。「会場では互いに抱き合い、涙を流しながら感情を開放する人が続出しました」とサエボーグ。観客が盛り上った《Super Farm》公演と同様、パフォーマンスアートが言語や国を超え、人の内面に働きかける確かな手ごたえを感じていた。
