会場風景
広島市現代美術館では現在、「フィンランド スピリット サウナ」展が開催中だ。会期は6月28日まで。フィンランドのサウナ文化を、歴史・美術・建築・デザインなどの多角的な視点で紹介する展覧会で、東京・竹中工務店のGallery A4での開催を経て、広島にやってきた。

展示はまず、サウナの基本的な位置づけを確認するところから始まる。フィンランドには推計320万ものサウナがあり、人口約560万人のうち59%が週に1回以上サウナを使う。「SAUNA」という言葉自体がフィンランド語で、フィンランドのサウナ文化は2020年にユネスコ無形文化遺産に登録されている。

起源は古く、蒸し風呂での発汗浴は紀元前の世界各地に見られる。フィンランドでは当初、斜面に掘った横穴が使われたとも言われており、木造の小屋で火を焚く現代に近いかたちが定着したのは西暦600〜900年頃とされる。
担当学芸員は「フィンランドの人が全員サウナ好きかというと、断言はできません」と話し、こう続けた。「ただ、フィンランドという国がサウナを国のアイデンティティのひとつとして位置づけていることは確かです。とくに20世紀以降、国として意識的に打ち出してきた側面があります」。


サウナはもともと入浴の場であるだけでなく、食材を燻す場所や出産の場としても使われてきた。家を建てる際には母屋より先にサウナ小屋を作り、そこで仮住まいをしながら建設を進めるという伝統もある。暮らしの様々な場面と結びついてきた場所だということが、展示を通じてわかってくる。
「サウナと美術」の章では、フィンランドの画家マルッタ・ヴェンデリンの作品を中心に紹介している。家庭雑誌『コティリエシ』の表紙絵で広く知られた彼女は、気管支炎を患い医師の勧めでトゥースラ湖畔の芸術コミュニティへ移住。療養生活を送りながら、挿絵や絵葉書にサウナを繰り返し描いた。

本章では、作者不明の古い絵葉書も並んでいる。サウナをひとつの起点として、フィンランドではこうした文化や表現が生まれてきた。


次の章は、フィンランドを代表する建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルトが手がけたサウナを紹介している。アアルトが設計した独立したサウナ棟は29棟(うち23棟が実現)、住宅内のサウナを含めると70件以上にのぼる。

今回の展示では6作品を取り上げている。1925年のユヴァスキュラ「文化サウナ」(未実現)から、1932年のバイミオ・サナトリウムのサウナ、1938年のマイレア邸のサウナ、1944〜46年のヨキサウナを経て、1952〜54年「ムーラッツァロの実験住宅」のサウナ小屋まで。会場ではこのサウナ小屋の実寸模型が再現されており、内部の空間を実際に体感できる。
模型に近づくと、床の凹凸や継ぎはぎの素材感、段差の多さが目に入る。担当学芸員はこう説明する。
「アアルトは地形を平らに整えてサウナを作るのではなく、設営する土地に岩が出ていれば床に切り欠きを作り、斜面があればそれを活かした。人間の都合で地形を変えるのではなく、地形に沿わせるという考え方です」。



屋根の上に植物が生えているのにも理由がある。もともとスモークサウナでは、煙が逃げないように隙間に苔を詰めていた。さらに屋根を緑で覆うことで、密閉性と断熱性を高めていたのである。また、自然素材で作られた建物に、再び自然が戻ってくるという側面もあるようだ。
最後の章には、白樺のヴィヒタ、木製の桶とひしゃく、温度計、マグカップ、サウナハット、サウナストーブなど、フィンランドのサウナで実際に使われてきた道具が約130点並ぶ。

とくに目を引くのが、グンヴァル・オリン=グランクヴィストがアラビア社のためにデザインした「ロウリュ」のピッチャーとマグのセットである。
「ロウリュ」とは、サウナの熱した石に水をかける行為のこと。その瞬間が、器の絵柄として描かれている。
よく見ると、銀色の継ぎ跡があるのに気づくだろう。じつはこの器、日本への輸送中に割れてしまったのだ。修復には金継ぎが提案されたが、あえて金ではなく銀が選ばれ、「銀継ぎ」で仕上げられた。
展覧会のポスターやチラシにも使われているこの器。実物には、そんな小さな物語が宿っている。



展示されたアイテムはすべて、この展覧会を企画した会社の代表が個人的に収集してきたものだという。サウナが好きな人にも、建築やデザインに関心がある人にも、北欧のライフスタイルが気になる人にも、それぞれ異なる入り口から楽しめる展覧会になっている。