梅田哲也・呉夏枝が異色のコラボ展。「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026受賞記念展『湿地』」(東京都現代美術館)レポート

国内外で注目されるふたりの現代アーティストが協働した現代アート展が、入場無料で3月29日まで開催中。そのレポートを両作家のコメントとともにお届け(撮影:灰咲光那[編集部])

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場にて、左から梅田哲也、呉夏枝

TCAA受賞記念展「湿地」が東京都現代美術館で開催中

東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が、海外での活動に意欲を持つ中堅アーティストを対象に2018年より実施する現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award」(TCAA)。同賞の第5回を受賞した梅田哲也と呉夏枝(オ・ハヂ)が協働した「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」が3月29日まで東京都現代美術館で開催中だ。入場無料。

TCAAは、作家の更なる飛躍をサポートするための複数年にわたる継続的な支援を特徴とし、毎回ふたりを選出。受賞者は、受賞記念展の開催のほか、賞金300万円と海外での活動支援、国内外の発信に活用できるモノグラフ(作品集)の制作が授与される。これまで、風間サチコ、下道基行、藤井光、山城知佳子、志賀理江子、竹内公太、サエボーグ、津田道子が受賞し、2月上旬には第6回TCAAの受賞者の発表を予定している。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

このレポートでは、会場の様子を両作家のコメントとともにお届けする。

対話を重ね、作りあげた「湿地」

梅田哲也は1980年熊本県生まれ、大阪府在住。その場にあるモノや日常的な素材を使い、物理現象としての動力を活用したインスタレーションを制作する。劇場の機能にフォーカスした舞台作品や普段は立ち入ることのない場所を観客が巡るツアー作品、中心点を持たない合唱のプロジェクトも発表し、音響による先鋭的な表現活動でも知られている。

呉夏枝は1976年大阪府生まれ、オーストラリア在住。主に織や染、ほどくといった繊維素材にまつわる技法を使い、写真やテキスト、音声を併用したインスタレーションを制作。在日韓国人三世である出自を背景に、語られなかった個人の記憶をめぐる作品を手がけ、ワークショップにも注力して対話や経験に基づく記憶の継承の可能性を探求してきた。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

これまでの受賞記念展は、2作家がそれぞれ個展形式で、もしくは展示の一部を共有するようなかたちで展示を行ってきた。だが、今回は受賞したふたりが展覧会のコンセプトと展示空間を共有する異色の協働展となった。TCAA担当学芸員の石川達紘は、次のように話す。

「梅田さんと呉さんは受賞直後から対話を重ね、受賞記念展のイメージを形成していくなかで、互いの作品が密接に関わり合い、ときに表裏の関係が反転していくような、展示構成に至りました。本展タイトルの『湿地』は、ふたりの近年の作品が水にまつわる考察を起点としていることから導き出されました。水と陸の狭間に存在する湿地は多様な生態系を持つ場所で、そのイメージを手がかりに会場に立ち上がる関係性を感じていただければと思います」

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

水がつなぐ場所の記憶

同館3階で開催された本展は、照明を落とした空間から始まる。観客を迎えるのは、水を内包したガラスの球体がいくつも吊り下がる梅田のインスタレーション。ほの暗い分、視覚が敏感になるのか、透明な球体が床に落とす光輪の揺らめきや内側の水の動き、蒸気から戻った水の雫に気づく。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

普段美術館では意識しない風や湿度、熱。その存在を実感させる導入だ。水だけでなく、砂礫や貝殻片、竹炭、溶岩などを封じ込めた球体同士をチューブでつなげたものもある。

「これは雨が地層に浸み込みながらフィルタリングされ、汲み上げられて飲み水になるような自然循環の一端を再現する濾過装置です。美術館の横にある川から汲んできた水を会期中ずっと循環させています」(梅田)

梅田哲也 Watering/水道 2025

同館がある木場公園には、かつて伐採した材木を水中で保管する貯木場があり、江戸・東京の街の発展を支えた。梅田が水を汲んだ川や「木場」の地名はその名残り。館外の歴史や記憶、自然とも本作は接続している。

呉夏枝 海図 2017

少し離れて、呉の「grand-mother island project」第1章《海図》の作品3点が展示されている。2017年から取り組む同プロジェクトは、現在住むオーストラリア・日本・韓国の太平洋を中心に「海路」を通じてつながる個人の歴史やナラティヴをたどるもので、現在も進行中だ。本展では、TCAAの活動支援を受け制作した新作を含む本プロジェクトを初めて包括的に紹介している(第4章除く)。

「10代で済州島(韓国)から大阪に移り住んだ祖母の死を機に、『沈黙の記憶』(語られなかった個人の記憶)に関心を持ち、このプロジェクトを始めました。制作のコンセプトを分かりやすく伝えるために、様々な記憶が棲む場所として仮想の島を設定し、その遠景をイメージして第1章を制作しました。これまでは明るい場所での展示が多かったのですが、本展では暗い中で島が遠くに見える感じにしたいと考えていたところ、現場で梅田さんが作品配置を変えるなど柔軟に対応してくださって実現できました」(呉)

呉夏枝 海図 (部分) 2017

呉が用いるほぐし絣は、織った布に捺染を施した後、横糸を抜き取って再び織る技法で、図柄にズレが生じて独特の味わいとなる。本作は、滲むような島のかたちが、張り巡らされた糸に支えられて中空に浮かぶ。原始的な腰機を使い織り上げた布は、近づくと驚くほど豊かな表情を持ち、様々な気付きを与えてくれる。

呉夏枝 海図 2017

湿地の上に組まれた回遊路

続く通路は、一転して明るい。窓側はすべて薄い半透明の白い膜で覆われ、風をはらんだようなかたちが静かに進む帆船を連想させる。人が歩くと静電気で膜がゆらぎ、うねりとともに漣に似た音が生まれる。梅田が作り出した「航路」のようでもある。

梅田哲也 Watering/水道 2025

本展最大の展示室に入ると、意外な光景が広がっていた。大きな足場が四方に組まれ、天井の近くまで達した箇所もあり、工事現場を思わせる。同館の天窓が開放され、自然光が差し込んでいる。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

その空間に、呉は島と海の境界領域をイメージした染織作品(第2章《漂う森》)、海外に渡った戦争花嫁をテーマにした織物、立体作品と手紙の朗読(第3章《彼女の部屋に届けられたもの》)などを展示。足場は、鑑賞者が空中から作品を見て回るための「導線」として機能している。梅田が足場や周辺に組み込んだ水や音、光の動的オブジェクトも体験できる。

制作に際し、会場の建築構造や設備、歴史、周辺環境をリサーチし、そこから着想することが多いという梅田。

この辺り一帯は、江戸時代の埋立地ですから、地下は水を含んだ軟弱な泥の層で、建物が地下へもぐればもぐるほど強い浮力がかかります。水は消えたのではなく見えなくなっただけで、陸はその上に仮設されたレイヤーとも捉えられます。美術館建設には、地上3階、地下3階の建物の中で、基準面となる1階床を最初に作ってしまい、1階床を作業台のように使いながら、地中に穴を掘り進め、地下1階から地下2階へと順に床を打っていく工法が採用されたそうです。それを知って、まるで水中に建てられた建築のようだと感じました(作品キャプションより引用)

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場にて、梅田哲也

その感覚は、TCAAの活動支援を受け訪れたアムステルダムの都市形成にも重なったという。沼地に丸太を打ち込み造成した基盤の上に街を立ち上げた同市の構造に、貯木場だった木場の歴史や土地の性質との親和性を感じた。そうした見立てから、展示室に足場を組み立て、鑑賞者が上下に回遊しながら立体的に作品と出会う構想が浮上した。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

「具体的には東南アジアの海沿いにある仮設的な高床式住宅を例に挙げて、呉さんとイメージを共有しました。そうした場所と呉さんの作品は相性が良さそうだと思ったんです」(梅田)

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

呉自身、海と結び付いた生活や物語に関心を寄せ、作品に取り入れて来た。

「本展で展示している『grand-mother island project』も、仮想の島を巡る設定ですから、梅田さんの構想に合うと思いました。組み上がった足場を歩くと、想定と異なる角度から自分の作品を見ることができて新鮮な体験でした。梅田さんが作り出した導線に導かれる感じもありました」(呉)

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場にて、呉夏枝

合理性からこぼれ落ちるもの

もうひとつの驚きは、展示室の可動壁が開場中に実際に動く点。定期的に配置交代する看視員が操作を行い、当番中に壁を動かすことになっている。場に変化をもたらすだけでなく、美術館の設備や運営のレギュレーション、それを支える裏方的な存在に目を向けさせる試みとも言える。

これまでも作品を通じて組織の制度や慣習に切り込んできた梅田は、「美術館の展覧会は、関わった大勢の人の集合知の結果です。それを見えるようにしているだけ」と話す。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

「制度の裏側を見ることは、自分の作品に通底するテーマです。制度は本来、問い直され続けるべきものですが、合理性の名のもとにこぼれ落ちるものが出てくる。制作の現場は、そうした切り捨てられてきたものとも付き合いながら、鑑賞者に働きかける可能性が立ち上がる場所だととらえています」(梅田)

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

青く染まる記憶

呉は、今回TCAAの活動支援により大阪や長崎・対馬を訪れ、1900年以降に日本や韓国、ロシア沿岸など広範囲を移動して漁を行った済州島海女についてリサーチを行った。植民地期は大阪(生活基盤)・対馬(出稼ぎ)・済州島(故郷)を往還して生計を立てた女性も多くいたという。新作の第5章《海女の道》は、呉が撮影した対馬の写真をサイアノタイプ(青写真)の技法で染めた布の作品と、ひとりの海女の軌跡を語る音声の作品で構成されている。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

「済州島にルーツを持つ対馬在住者の方に、海女だったお母さまにまつわる記憶を聞かせて頂き、それを音声の作品に生かしています。戦前・戦中に済州島海女が自由に往来できたのは、日本の植民地支配下にあったためで、戦後は密航者として扱われるなど不安定な状況に置かれました。生活のために移動を続けた彼女たちの姿は、近年のグローバル化のなかで増加するアジアの女性労働者による単身移住の姿に重なっても見えます」(呉)

紐に掛けられた布の作品は、表裏の区別が揺らぐメビウスの輪を思わせる構造を持つ。その折れや重なりを含んだ姿は、過去の出来事が新たな意味をまといながら更新されていく、記憶の可能性を感じさせた。

呉夏枝 海女の道 (部分) 2025

ポリフォニーが宿る場所

なお呉の音声作品の一部は、今回は梅田がしばしば使うラジオやバケツ型の拡声器を通じ再生されている。別の拡声器からは梅田が録音した雨や街の音など色々なノイズも流れ、会場にポリフォニックな共鳴が生まれていた。

本展について梅田は、「活動を続けていれば、美術館で展示をする機会はこの先もあるかもしれない。でも呉さんと協働する機会は、今回を逃すと、この先もうないだろうなと思いました」と振り返る。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

「ただ僕は作品のかたちも素材も変えられますが、呉さんはそうではないので、通常の(個展)形式のほうが良いこともあるでしょうし、条件はイコールではありません。そうした条件の違いのなかで彼女の方がリスクはあると思い、慎重にやりとりしました。現場入りする前段階のプランでは、最初の展示室はふたりの作品がもっとエリアではっきり分かれていましたが、呉さんからの提案で、作品同士がより混ざり合う現在のかたちに変わりました。同じ空間を共有することを提案した側の僕としては嬉しかったですし、内心ほっとしました。そうした具体的なやり取りが現場でできたことも良かったと思います」(梅田)

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

呉も、「足掛け2年にわたる対話の積み重ねのなかで信頼関係が育っていきました」と語る。

「やりとりの過程で、お互いに作品のコンセプトや手法について理解を深めることもできました。私は音響に関しては素人なので、これまでも多くの方に助けていただきながら音の作品を制作してきましたが、梅田さんになら自作の再生を委ねても大丈夫だと思えました。今回のコラボレーションは予見不可能な部分もありましたが、その過程は自分の糧になり、この場所でしかご覧いただけない展示を実現できたと思います」(呉)

実力派ふたりによる〈共創〉と〈協奏〉。その成果が本展と言えるだろう。なお、関連イベントの情報はTCAAホームページをチェックしてほしい。

「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」会場風景

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。