場面写真
長らく幻の作品とされてきたドキュメンタリー映画『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』が、4Kレストア版としてスクリーンに映し出される。32歳当時の坂本龍一とともに、1980年代の東京という都市が、そのまま映像のなかに映し出される。坂本本人へのインタビューやスタジオでのレコーディング風景に加え、当時のパートナーである矢野顕子との連弾による「東風」の演奏など、いまでは目にすることのできない場面も収められている。

およそ40年の時を隔てて、いま再び観客の前に現れるこの映画は、音楽ドキュメンタリーという枠を越え、時代と都市、そして音楽が生まれていく過程を、現在の視点から見つめ直すきっかけを与えてくれる。公開を記念して、本作を手がけた監督エリザベス・レナードへのインタビューが実現した。
1983年、デヴィッド・シルヴィアンのレコーディングに立ち会うためベルリンに滞在していた坂本龍一のもとを、映像作家レナードが訪ねた。そこで彼女は、「フランスのテレビ番組のために、ドキュメント・フィルムを撮らせてほしい」と坂本に告げたという。この出会いが、のちに『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』へとつながっていく。
翌1984年5月、坂本が4枚目のソロアルバム『音楽図鑑』の制作を開始した時期に合わせ、撮影は東京で行われた。期間はわずか1週間。レナード監督を含む6名ほどの小さなクルーは、東京という街を、そして坂本龍一という音楽家の現在進行形の姿を記録していった。
完成した60分余りの映像には、坂本本人によるインタビューをはじめ、スタジオでのレコーディング風景、出演したCM、YMOの散開コンサート、大島渚監督『戦場のメリークリスマス』(1983)の印象的な一場面などが収められている。また、渋谷スクランブル交差点や新宿アルタ、原宿の竹の子族といった、1980年代の東京の風景も撮影。それらを背景に、幼少期の記憶、変化し続ける文化や社会、創作のプロセス、そして自らが追い求める音楽について語る、32歳の坂本龍一の姿が映し出されていく。

監督を務めたエリザベス・レナードは、写真、映像、パフォーマンスを横断して活動してきたマルチメディア・アーティストだ。1953年ニューヨーク生まれ。1970年代より、白黒写真に手を加える独自の表現を軸に制作を行い、1978年にパリへ拠点を移した。翌1979年にはポンピドゥー・センターで個展を開催。その後も、建築や都市環境への関心を背景に、映像作品やパフォーマンスなど、多様な表現を発表してきた。

本作について彼女は、「若い頃からアーティストとして活動してきた自分の視点が、そのまま反映された作品」だと振り返る。背景にあったのは、当時のフランスのテレビ局という、比較的自由度の高い制作環境だった。「通常の音楽ドキュメンタリーには、ある種の型があります。でもこれは実験的なテレビ番組だったので、決まった構成に縛られずに作ることができました。それはとても幸運だったと思います」
映画冒頭で坂本が「鼻、口」と発声するシーンは、ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』へのオマージュだという。「完全なオマージュです。でも、誰も気づかなかったみたいですね」そう振り返るように、このカットは意図を前面に押し出すことなく、結果的に作品を印象づける場面のひとつとなった。

そうした演出が成立した背景には、被写体となった坂本龍一の存在があった。撮影を通じて、彼はきわめてプロフェッショナルだったとレナード監督は語る。「カメラの前にいることに慣れていて、とても自然でした」。俳優として長編映画への出演経験は多くなかったものの、広告作品やミュージックビデオへの出演を重ねてきたこともあり、カメラの存在を過度に意識することはなかったという。
特別な演技ではなく、ごくシンプルな振る舞いを求めたというが、坂本はそうした要望にも迷いなく応じた。「私がお願いしたことは、本当に些細なことばかりでした。彼は、どんな指示にもためらうことなく『OK』と言って、実行してくれた」。恥ずかしがったり、カメラの前に立つことを避けたりする被写体も少なくないなかで、その姿は強く印象に残ったという。

映画内のインタビューもまた、独特の空気を生んでいる。レナード監督が英語で質問し、坂本が日本語で答えるという形式で、通訳は介されなかった。このやり取りが、結果的に坂本の饒舌な語りを引き出すことになった。「私が日本語を理解していないとわかっていたからかもしれません」。質問に対して簡潔に答えるのではなく、考えを止めることなく話し続ける——その姿は、当時の坂本龍一の思考の動きを、そのまま画面に刻んでいる。
また、撮影の舞台となった東京は、レナード監督に強烈な印象を残した都市でもあった。「ロサンゼルスのような広がりがあり、ニューヨークのような都市性もある。そして、アジアの都市としての顔もはっきりしている」。その重なりが、彼女にはとりわけモダンに映ったという。
完成後、本作は国際映画祭での上映やテレビ放映を経たのち、長らく視聴が困難な状況が続いていた。近年になって倉庫に眠っていた16mmフィルムが発見され、修復とデジタル化を経て、4Kレストア版としてあらためて公開されることとなった。

偶然の出会いから生まれたドキュメンタリー映画『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』は、約40年の時を経て、32歳当時の坂本龍一の姿と、1980年代の東京という都市の風景を、あらためてスクリーンに映し出す。彼の語り、考え続けるその姿は、確かな余韻をもって、いまの観客に届き、次の時代へと確実に引き継がれていくだろう。
『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto 4K レストア版』
監督:エリザベス・レナード
出演:坂本⿓⼀、⽮野顕⼦、細野晴⾂、⾼橋幸宏
撮影:ジャック・パマール
編集:鈴⽊マキコ
⾳楽:坂本⿓⼀
録⾳:ジャン・クロード・ブリッソン
製作:ミュリエル・ロゼ
制作会社:INA、KAB America Inc.、KAB Inc. 1985 年/62 分/フランス、⽇本/⽇本語、フランス語、英語
配給:エイベックス・フィルムレーベルズ
©Elizabeth Lennard
公式サイト:https://tokyomelody.com/
公式X:https://x.com/TokyoMelody_4K