田村栄 多摩川の鳥 1961
恵比寿の東京都写真美術館で「TOPコレクション Don't think. Feel.」が開催されている。会期は4月2日から6月21日まで。
本展は同館が収蔵する約39000点の写真・映像作品を様々な切り口で紹介するコレクション展。2026年度第一期のテーマは、AI時代における「感触」だ。人工知能の急速な社会進出によって、人間固有とされてきた技術や能力の優位性が揺らぐいま、文化・芸術に特有の共感覚や感性的なコミュニケーション、想像力の可能性を問い直す。

展覧会タイトルでもある「Don't think. Feel.(考えるな、感じろ。)」は、武術家・俳優・哲学者ブルース・リー(1940〜73)がアクション映画『燃えよドラゴン』(1973)の中で発した言葉だ。ジャンルを超えて後世に影響を与えたこのシンプルな言葉には、現代人が生きるための大きなヒントが宿っている。五感によって「感じること」が豊かな鑑賞体験へとつながるはずだという問いかけから、本展は幕を開ける。


マン・レイ、エドワード・ウェストン、恩地孝四郎によるオブジェや静物・自然物をモチーフとした作品は、造形的な美しさとともに触覚を強く刺激する。いっぽうで、近藤龍夫の「湖北」や北井一夫の「村へ」シリーズといった戦後日本の名作・知られざる逸品にも、視覚的要素を超えた触感や温度、想像上の音や匂い、湿り気までもが宿っている。なかでもコアジサシのヒナをとらえた田村栄の《多摩川の鳥》(1961)が本展のメインヴィジュアルにも採用されている。危険を察知すると石のように固まるというヒナの姿は、「物に触れて感じる力」という本展のテーマを体現するかのようだ。

第2室は、文化史研究者・川村邦光(大阪大学名誉教授)の著書『家族写真の歴史民俗学』(2024)を展示化したユニークな試みだ。同書は19世紀から現代までの家族写真の構図や撮影背景を分析し、「家族」という社会表象を論じている。同室では同書が言及する写真を中心に展示し、川村の考察テキストをあわせて提示する。

川村は父親を頂点とする三角形構図の家族写真を「家父長制型スタイル」と呼び、その表象に隠されたイデオロギーと社会的意味に注目した。被写体の表情・仕草・構図を通じて写された人物たちの秘めた思いや息遣いにまで踏み込む想像力に満ちた考察は、学芸員による通常の解説とは語り口が大きく異なり、写真の新たな読み方を示している。また、植田正治と深瀬昌久の作品を家族写真というイデオロギーへの「風刺あるいは挑発」としてとらえる視点は、社会のなかでの「個」としての写真家のあり方について考えるきっかけを提供している。

続く第3室では、川内倫子の写真シリーズ《Illuminance》(2011)と、新規収蔵の映像作品《Illuminance》(2001〜26)が個展形式で紹介されている。

光の「照度」を意味するこのシリーズは川内の代表作であり、写真集として刊行されたのち、2012年に同館で開催された個展「照度 あめつち 影を見る」でも展示された。いっぽうで、映像作品《Illuminance》は、当初約10分だったものに作家が少しずつカットを加え、20年以上の時間をかけて現在の約1時間20分へと育ってきた。2画面構成で、再生のたびにわずかにずれながら、まるで写真集の見開きのように左右の組み合わせが変化し続ける。

なぜ写真は人々の記憶を刺激するのか。第4室に展示されている関口正夫、田中長徳、稲越功一らの技巧を凝らさないスナップショットには、日々の何気ない瞬間が写されている。写真家が写しているのは固有の場所や人物でありながら、そこには普遍的な要素が含まれており、鑑賞者自身の人生のどこかに存在した感覚や記憶を呼び起こす。


土田ヒロミの「砂を数える」と「新・砂を数える」シリーズは、1970年代のモノクロと平成時代のカラーを対置させた構成が印象的だ。同じ「群衆」というテーマを扱いながら、視点の高さや距離感の違いに昭和から平成への時代の変容が滲む。インクジェットプリント初期のやや粗削りな発色もまた、時代の質感を伝える。
最終室では、写真のイメージ表面に隠れた「見えない層」を探る。戦前から戦後にかけての前衛写真集団の系譜を引く作品群は、シュルレアリスム的な傾向を帯び、無意識的・非日常的なイメージを展開する。なかでも注目したいのが、森村泰昌による《なにものかへのレクイエム》(2007)だ。チャップリンの映画『独裁者』を参照したこの多重的な作品では、チャップリン、ヒトラー、そして森村自身が幾重にも重なり合い、2026年という現在において改めて鋭いメッセージを放つ。

また本展ではロビーに「触れるコレクション」と題した触図コーナーも新設される。収蔵作品に基づき制作された凹凸のある立体図は、視覚に障がいのある方だけでなく、すべての鑑賞者が作品と対話するための入口として機能する。

灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)