「Tracey Emin: A Second Life」(テート・モダン)会場風景 ©Tracey Emin Photo © Tate(Yili Liu)
*「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。(随時更新)
ロンドンのテート・モダンで8月31日まで開催中のトレイシー・エミンの回顧展「第二の人生(Tracey Emin: A Second Life)」は、絵画、映像、テキスタイル、ネオン、彫刻、インスタレーションなど90点を超える作品で40年の実践をたどる(*1)。展示は単線的な年代順ではなく、「第一の人生」と「第二の人生」のあいだを往還するように構成され、エミンの実践を「スキャンダル」「告白」「絵画」「病後の生」という複数の読みのあいだで組み替えていく。だが本展で強く感じられるのは、2020年の癌と手術を経た作家の再生だけではない。むしろ、エミンの作品そのものが、かつてのスキャンダルから解放され、別の読みを獲得していく「第二の人生」である。

展覧会の終盤に鎮座する《マイ・ベッド(My Bed)》(1998)を前にすると、かつての挑発性よりも、孤独、鬱、生活が崩れ落ちる瞬間の静けさが浮かび上がる。乱れたシーツ、床に散らばる私物、使用済みの生活の痕跡は、いまや挑発の小道具というより、崩壊の後に残された静物のように見える。エミン自身も、人々がショックよりも悲しみを感じるようになったと語り、この作品はもはや自分から離れて「それ自身の人生」を持っていると述べている(*2)。
この再読は英国の主要メディアのレビューにも共有されている。美術評論家エディ・フランケルは『ガーディアン』で、本展を愛、痛み、悲嘆が希釈されずに迫ってくる展示として受け止めた(*3)。 いっぽう、ライター・批評家のブライアン・ディロンは、『フリーズ』誌で、「第二の人生」というタイトルを、エミンが癌だけでなく自らの評判からも生き延びたこととして読み、さらに、これまで見落とされてきた作品の側面を指す言葉でもあると示唆する(*4)。本展が問いかけているのは、エミン自身だけでなく、彼女の作品も含めて、嘲笑、消費、誤読からどのように耐え抜いてきたのかである。

今回、もっとも大きな発見は、エミンがこれほどまでに強靭なペインターであったという事実だった。エミンはロイヤル・カレッジ・オブ・アートで絵画の修士号を取得し、1996年のパフォーマンス《私が制作した最後の絵画の悪魔祓い(Exorcism of the Last Painting I Ever Made)》では、閉ざされた部屋に裸で入り、6年前に放棄した絵画への不安と向き合った。10代の頃からムンクの「魂の絵画」に触発されてきた彼女にとって、絵画への葛藤と回帰の意志は、初期からその実践の内部にあった(*5)。しかし彼女の名声は自伝的なインスタレーションや映像と結びついて語られ続け、画家としての資質は長く覆い隠されてきた(*6)。

展示室を進むにつれ、近年の大画面の絵画群が圧倒的な存在感を放ち始める。赤、黒、白、ピンク。身体は輪郭を失い、血液や体液のような色面に溶け込む。線は震え、絵具は垂れ、塗り残された余白は身体の欠損のように残る。たとえば《最後まであなたについていった(I Followed you to the end)》(2024)や《愛の終わり(The End of Love)》(2024)では、絵具の滴りと手書きの言葉が傷口のように画面を開いていく。展覧会カタログで、精神分析家で作家のジョシュ・コーエンは、エミンの絵画を感情の表象ではなく、感情そのものを現前させる場として論じている(*7)。エミンの作品は、傷ついた身体を描くというより、身体が傷として画面に現れるような絵画である。

カタログの対談でエミンは、過去の映像や写真を自らの主題を理解するための「巨大なアーカイヴ」だったと振り返り、「いま私は自由に絵を描ける」と語る(*8)。初期作品が絵画以前の未成熟な実験だったのではない。映像、テキスト、インスタレーションで主題を徹底的に掘り下げたからこそ、現在の絵画がこれほどの密度を持つ。エミンはそれを「視覚的な博士論文のようなもの」とも表現している。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで絵画を学んだ作家が、しばしば《マイ・ベッド(My Bed)》の作家として語られ続けたことは、受容の歪みの証左である。だが同時に、スキャンダルが画家としての姿を隠していたのだとしても、そのスキャンダルを生んだ形式そのものが、のちの絵画のための下地でもあったのだ。
その意味で、エミンの絵画は「告白」の延長ではない。もちろん彼女の作品は、性、暴力、失恋、中絶、病、死といった自身の経験に深く根差している。しかしエミン自身、「人々は告白的アートと言ったが、そうではなかった。告白すべきことなど何もなかった」と語っている(*9)。彼女の行為は、秘密の暴露ではなく、自分がどこから来て、なぜそうなったのかを解きほぐすことだった。

《どんな感じか(How it feels)》(1996)では、中絶手術の失敗とその後遺症を22分にわたって語り、医療側の権威性、ミソジニー、階級的な隔たりを浮かび上がらせる。《なぜ私はダンサーにならなかったのか(Why I never became a dancer)》(1995)では、少女時代の性的経験、ダンス大会で罵倒された屈辱、そして最後に踊り返すエミンの姿(*10)。ここにあるのは被害の語りではなく、恥を相手側へ返却するための方法である。90年代の映像にはSNS時代のセルフドキュメンタリーを先取りするような身振りもあるが、エミンの自己開示は共感獲得のために最適化された語りではない。語れば語るほど傷が開いていく、不安定なパフォーマンスである。

同展カタログで、歴史家ヘレン・ラヴィルは、《マイ・ベッド(My Bed)》が「女として生きること」を扱った作品であり、エミンは少女、女性、労働者階級、性的虐待を受けた人々の経験から語り、また彼女たちに向けて語ってきたと論じている(*11)。だからこそ、エミンの作品は徹底して自分自身についてのものでありながら、彼女ひとりの物語に閉じない。少なくとも筆者が訪れた時間帯に限れば、長い映像作品を最後まで見届けようとする観客たちの姿は、そのことを実感させるものだった。

ただし、この自己への集中は本展の限界でもある。『The Standard』の批評家メラニー・マクドナーは、本展が観客にエミンという人物への全面的な関心を要求していると批判し、彼女の視線が自己へ戻り続ける点を問題視している(*12)。エミンの自己への集中が何を見えにくくするかという問題は、ジェンダーだけに限らない。カタログでは、本展の共同キュレーターであるアルヴィン・リーが、トルコ系キプロス人の父を持つエミンの出自やマーゲイトの周縁性を前景化し、《マイ・ベッド(My Bed)》を移民排斥の時代における「避難所」として読み直す論考を寄せている(*13)。しかし少なくとも今回の展示ではエミンの個人史が、女性の身体、階級、加齢、病、性的羞恥をめぐる共有可能な経験へと開かれていた。彼女の作品が強いのは、自分自身を語っているからではない。自分自身から一歩も逃げないことで、他者がそこに入り込む余地を作っているからである。

「第二の人生」とは、癌を経験した後の生だけを意味しない。かつてスキャンダルとして消費された作品が再び見直されること、「告白」と呼ばれたものが自己分析の形式として読み替えられること、そして何より、画家としての力がようやく前景化することである。トレイシー・エミンは、スキャンダルによって有名になった作家ではなく、スキャンダルという形式でしか当時は受け取られなかった作家だったのではないか。本展を見終えたとき、そう考えたくなる。彼女は、自己を語ることがまだ嘲笑や嫌悪を招きやすかった時代に、身体、恥、欲望、喪失、痛みを公共の場へ差し出した。そして現在、その仕事は絵画というかたちで、より深く、より強く、より自由になっている。その意味で「第二の人生」は、エミンの再生の物語であると同時に、彼女をようやくペインターとして見るための展覧会でもある。

*1——Tate, "Tracey Emin: A Second Life – Press Release," September 2025. テートは本展を、エミンの40年にわたる実践をたどる展覧会として発表し、絵画、映像、テキスタイル、ネオン、彫刻、インスタレーションを含む90点以上の作品で構成されるとしている。
*2——Tracey Emin in conversation with Maria Balshaw, Tracey Emin: A Second Life, London: Tate Publishing, 2026. pp.13-20. エミンは《My Bed》について、「いまでは人々はあのベッドにショックではなく、悲しみを感じる」「《My Bed》はそれ自身の人生を持っている」と語っている。
*3——Eddy Frankel, "Tracey Emin: A Second Life review – this show of undiluted love, heartache and pain left me a teary wreck," The Guardian, 25 February 2026.
*4——Brian Dillon, "Tracey Emin's Retrospective Bears Witness to an Era," Frieze, 10 March 2026. ディロンは「第二の人生」を、エミンが癌だけでなく自身の評判からも生き延びたことを示すタイトルとして読み、さらに「これまで我々が見落とし、見間違えてきたエミンとその作品の側面を示唆している」と論じている。
*5——Kari J. Brandtzaeg, “The Loneliness of The Soul: Tracey Emin Meets Edvard Munch. An Essay on Loneliness, Sexuality and Aging.,” Tracey Emin / Edvard Munch: The Loneliness of The Soul, Oslo: MUNCH, 2021. pp.8-23.
*6——Martina Droth, “Tracey Emin, Painter,”Tracey Emin: I Love You Until The Morning, New Haven: Yale Center for British Art; New Haven and London: Yale University Press, 2025, pp. 11–41. エミンをペインターとして位置づけ直す近年の重要な論考として参照した。
*7——Josh Cohen, "Inside the Canvas," Tracey Emin: A Second Life, London: Tate Publishing, 2026. pp.31-34. コーエンは、エミンの "inside the canvas" という発言を起点に、彼女の絵画を感情の表象ではなく、感情そのものを現前させる場として論じている。
*8——Tracey Emin in conversation with Maria Balshaw, 前掲書. pp.13-20. エミンは過去の映像や写真などを自らの主題を理解するための「巨大なアーカイブ」(a big, giant archive of my subject matter)と位置づけ、「視覚的なPhD(博士論文)」に喩えたうえで、「いま私は自由に絵を描ける」(Now I'm free to paint)と述べている。
*9——同上. エミンは90年代の作品について、「告白的アートと呼ばれたが、そうではなかった。私は誰にも何も告白していなかった。告白すべきことなど何もなかった」と語っている("Back in the 90s, people used to say it was confessional art. It wasn't. I wasn't confessing anything at all to anybody. Nothing to confess.")。
*10——Karin Hindsbo and Catherine Wood, Directors' Foreword, Tracey Emin: A Second Life, London: Tate Publishing, 2026. p.7. 《Why I never became a dancer》は本展の「出発点」(departure point)として位置づけられ、トラウマをカタルシス、変容、エンパワメントへと変える作品として説明されている。
*11——Helen Laville, "From Girl to Woman: Growing Up with Tracey Emin," Tracey Emin: A Second Life, London: Tate Publishing, 2026. pp.23-28. ラヴィルは《My Bed》が「女として生きること」(what it meant for a woman to live like a woman)を扱った作品であり、エミンは「少女、女性、労働者階級、性的虐待を受けた人々、近年では高齢女性や障害を持つ人々に向けて語ってきた」と論じている。
*12——Melanie McDonagh, “Tracey Emin at Tate Modern: She can never turn her gaze outward,” The Standard, 28 February 2026. マクドナーは、本展が観客にエミンという人物への強い関心を要求しているとし、彼女の視線が自己へ戻り続ける点を批判している。
*13——Alvin Li, "Displacement, Movement and Space-Making," Tracey Emin: A Second Life, London: Tate Publishing, 2026. pp.37-40. リーは、1999年のターナー賞展示で《My Bed》の傍に展示された《No Chance (WHAT A YEAR)》やビデオ《Emin & Emin》に着目し、同年の移民・庇護法成立という政治的文脈のなかで、ベッドを「避難所」(a site of refuge and shelter)として再解釈している。