公開日:2026年2月25日

【鼎談】野中モモ×つやちゃん×平岩壮悟:YBAと現代社会のつながりとは。アート、ファッション、音楽を通して読み解く90年代イギリスアート&カルチャー

現在、国立新美術館で開催中の「テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」。1980年代末から90年代にかけてロンドンを中心に活動したYBAアーティストを中心に、時代的な背景をカルチャー視点から、ブリティッシュ・カルチャーに造詣の深い3人が語る。(撮影:河内彩)

左から、つやちゃん、野中モモ、平岩壮悟

「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。(随時更新)


東京・六本木の国立新美術館(2月11日~5月11日)、京都市京セラ美術館(6月3日~9月6日)で開催される展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」。1980年代から2000年代に至る英国アートシーンの文脈を再確認できる本展覧会の中心にあるのが、YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)らによる1990年代の作品たちだ。アートのみならず、音楽や映画、ファッションなど様々な分野においてブリティッシュカルチャーが脚光を浴び、世界から注目されていた時代。その熱狂の渦のなかで、アーティストたちは何を感じ、何をとらえて作品を生み出していたのか。そしてその熱にいま触れることはどのような意味をもつのか。ライター、翻訳家の野中モモ、文筆家のつやちゃん、編集者の平岩壮悟の3名に、それぞれの視点から90年代の英国アートとカルチャーを語り合ってもらった。

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イギリスカルチャー、そしてYBAとの出会い

──「YBA & BEYOND」展に向けて、90年代の英国カルチャーやアートシーンについて伺えればと思います。まず、野中さんは多くのアーティストを輩出したロンドン大学ゴールドスミス校に留学されていましたよね。

平岩 ゴールドスミスはまさにYBAのメッカですよね。ダミアン・ハーストもサラ・ルーカスも輩出している。

野中 そうですね。ゴールドスミスに通っていたのは1999年から2001年で、その後2005年ぐらいまでイギリスにいました。だからYBAのインパクトを感じたのはそれ以前、日本にいたときでした。

鼎談の様子

平岩 当時、日本ではどういう感じだったんですか。

野中 「いまイギリスのアートが熱い」という流れは、ブリットポップと一緒に入ってきていました。1998年には東京都現代美術館で「リアル/ライフ」展があり、佐賀町エキジビット・スペースでトレイシー・エミンの個展、ギャラリー小柳でジリアン・ウェアリング展も行われていました。渋谷のマンションの一室から恵比寿に移転したP-HOUSEでチャップマン兄弟も紹介されていましたし。もともと音楽を通して英国文化に興味があったので、自然と面白そうだと思っていました。おふたりは私よりはだいぶ世代が下だと思うんですけど、YBAにはどういう経緯で触れたんですか?

ロンドン南東部に位置するロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ外観 出典:NewCrossGater2014, CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

つやちゃん 自分は音楽が入口でした。ただYBAの作品には、サッチャー政権後の新自由主義が定着した社会の反動として「私性」を加工せず露悪的に出す部分があって、それが当時は少し距離を感じさせたんです。日本の文化は、私性を直接出すより比喩や別のレイヤーに逃がす傾向がありますよね。でもコロナ以降、日本でも同じような表現が増えて、むしろいまのほうがリアルに感じます。

マーガレット・サッチャー 出典:Soerfm, via Wikimedia Commons

──いまの日本のカルチャーは、どこに共通点を感じますか?

つやちゃん 社会状況として、当時のイギリスと現代日本は似ていると思います。希望が見えにくいなかで、DIY的なクリエイティヴが広がり、身体感覚と表現が地続きになっている。汚い部分も含めて出していく表現が増えています。

つやちゃん

──平岩さんは、YBAと90年代のブリティッシュ・カルチャーに対してはどのような思いを抱いていますか?

平岩 僕は90年生まれなので、もちろん後追いなんですけど、高校時代に90年代のブリティッシュ・カルチャーを通して、ブリットポップ、アーティストでいうとオアシスを知ったのが最初の接点でした。僕もその後、2010年からイギリスの大学に行ったんですけど、周りの留学生はアメリカに行く人が圧倒的に多くて、イギリスに向かうのは大抵アートかファッションを学びたいという人だったんです。そのなかで僕は経済学部だったんですけど(笑)。でもカルチャー全般に興味があったから、そのメッカに行きたいという。アートスクールがたくさんあって、そこからいろいろな才能が出てくる、0を1にする土壌があるなっていうのはずっと感じていましたね。

イギリスがいちばんクールだった時代、クール・ブリタニアとは?

──野中さんがイギリスに留学されていたのは、英国の新しい文化が国際的に全盛を誇った「クール・ブリタニア」という現象が、トニー・ブレア政権によって国家ブランド戦略としても推進された時期ですよね。その頃のムードはいかがでしたか?

野中 私が行った頃にはもう盛りは過ぎていたんですけど、2000年にテート・モダンが開館したこともあって、現代美術を盛り上げようという機運は高まっていたと思います。以前はアートをやろうと思ったらニューヨークとかケルンとかに行かないと注目されなかったけれど、ロンドンにいても評価されるようになった、という声もありました。

クール・ブリタニアを象徴とする『ヴァニティ・フェア』。VanityFair UK 1997年3月号 出典:DatBot (talk | contribs), via Wikimedia Commons

──確かにYBAはマーケティング的な視点とも切り離せない感じはありますよね。そういった部分でアートと社会との関係はどうだったのでしょうか?

野中 サッチャー政権のもと社会的弱者の切り捨てが進むなか、1988年にダミアン・ハーストがテムズ川沿岸の再開発地域ドックランズで「フリーズ」展を自主企画します。まだ学生だったにもかかわらずきちんとした招待状やプレス対応を整え、有力者を招く周到な仕掛けを行った。70年代後半のパンク以降の音楽シーンで培われたDIY精神を、ファインアートで実践したと言えるかもしれませんね。社会システムの変革と弱者救済を目指すというより、なんとか自助で生き延びよう、成功しよう、という起業家精神寄りのDIY。

ダミアン・ハースト 生者の心における死の物理的な不可能性 1991
「フリーズ」展カタログ 出典:LuigiScalera, CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

平岩 ハーストは売り込みの才能がありますよね。

野中 何かが起こっている雰囲気を演出することに長けていたんだろうなと思いますね。YBAの歴史でいうと、ハースト周辺の若いアーティストをチャールズ・サーチみたいなコレクターがプッシュして、ロイヤル・アカデミーで大々的に「センセーション」展をやったのが1997年。だから「フリーズ」展から考えると、一般的に広く知られるようになるまでは10年ぐらいかかっているんですけどね。

つやちゃん 社会との関わりでいうと、ブリットポップ的なナショナリズムとYBAって実際、どういう関係だったんでしょう? DIYの動きが国策やナショナリズムとどの程度回収されていったのかな、と。

チャールズ・サーチ
「センセーション」ブルックリンミュージアムでの巡回展(1999〜2000)の会場風景。右がマーカス・ハーヴェイの《マイラ》(1995) 出典:Brooklyn Museum, No restrictions, via Wikimedia Commons

YBAを後押しした「センセーション」展

──1993年にはレイチェル・ホワイトリードが女性として初めてターナー賞を受賞。DIY的に始まったYBAも、次第に制度からの評価を得るようになり、その動きはやがて「センセーション」展へと続いていきますが、当事者たちはその動きをどう感じていたのでしょうか。

野中 皮肉な姿勢ではあるけど、乗っかれるなら乗っかっとこう! みたいな感じだったんじゃないかという印象を受けますね、有名になった人たちに関しては。当時はタブロイド・カルチャーとかもすごかったじゃないですか。

レイチェル・ホワイトリード

平岩 タブロイド・カルチャー?

野中 新聞が「こんなヤバい奴らがいる」って書き立てて盛り上げる、みたいな。「悪名もまた名なり」じゃないですけど、イギリスはパンクの頃から、そういう俗悪な大衆紙やテレビを通して大騒ぎする伝統みたいなものがある。

──トレイシー・エミンのテレビ出演や、「センセーション」展でのマーカス・ハーヴェイ作品など、露悪性も含めメディアで加速した側面もありましたよね。

平岩 「センセーション」展のときはロイヤル・アカデミーの会員がボイコットして退会したという話もありますよね。

野中 そういうのも含めて作品だといえる部分もありますよね。当時言われていたのが、世間で脚光を浴びる存在というのは昔は映画スターだったけど、それがミュージシャン、ポップ・ミュージックの世界に行って、スーパーモデルになって、いまはアーティストだ、みたいな。そういうノリが90年代後半にはあったと思います。

平岩 ブリットポップとYBAの象徴的なクロスオーバーとしては、当時のブレア首相とオアシスのノエル・ギャラガーが握手していて、その奥にダミアン・ハーストがいるみたいな写真がありますよね。あれはクール・ブリタニアと、「イギリスかっこいいよ」っていう国家によるブランディングの一環だったと思うんですけど。それくらいブリットポップとナショナリズムの距離感は近かったし、オアシスを筆頭にカルチャーが政治に回収されていったっていうところもあるんでしょうね。

──ただ、たとえばオアシスとブラーでも全然スタンスが違いましたし、お互いに利用しあっていたところもあるのかもしれないですね。ブラーはそれこそゴールドスミス出身ですが。

野中 まあ、ブリットポップもYBAも本当に大きな括りだから。「クール・ブリタニア」っていうのは、2000年代前半にロンドンに住んでいた感覚としては、新しいイギリス、多文化共生のイギリスというものをアピールしようとしていたと思うんですよ。いろんなルーツの人が過ごしているし、いろんな言葉が使われていますよ、だからクリエイティヴなんですよ、と。ブラックのルーツを強く打ち出すクリス・オフィリが1998年のターナー賞を受賞したりしていますし。だけどいま日本のデパートの催事場でやっている英国展とかに行くと、相変わらず王室周りのグッズとかビートルズとかの存在感が大きいので、それがどう受け取られたかは別かなとも思いますけど。

90年代と現代の私性の違い

──YBAにおける女性性はどう位置づけられていたのでしょうか。

野中 いまなら女性アーティストはもっと多かったと思いますが、当時でも女性を押し出していく意識は、日本より強かったと思います。

──1996年にスパイス・ガールズが掲げた「ガールパワー」は、ライオット・ガール以降のフェミニズムの流れが背景にあると思いますが、アートでは異なる表れ方ですよね。

つやちゃん 全然違いますよね。さっきの話ともつながりますけど、トレイシー・エミンとかって、すごくいまっぽい感じがして。完成度よりは未完成性を肯定するとか、日記的な発露の仕方だったりとか、ありのままを、自分の身体を通して表現していくみたいなところがあったと思うんです。それってアルカとかFKAツイッグスとか、Z世代に響くアーティストにも共通しているスタンスなんじゃないかなと思っていて。「私はこう考える」というのを、ある種完成させずにそのまま出していく。そういう姿勢とスパイス・ガールズはまた別ですよね。

トレイシー・エミン なぜ私はダンサーにならなかったのか 1995 テート美術館蔵 © Tracey Emin

野中 トレイシー・エミンのように個人的体験をさらけ出す表現は、その後インターネットで一般化する自己発信を先取りしていました。きれいに整えることが求められていた時代に、あれをやったからこそ強いインパクトがあった。私自身96年から個人サイトをやっていたので、彼女の作品を見たとき、「こういうことをやっている人は相互リンクにいるけど、アートの文脈に乗せると評価されるんだなあ」と思ったのを覚えています。

つやちゃん それがコロナ禍以降さらに進んで、もはや全部がその究極「個」の表現でしかないというのが現代で。もう文脈を作れないというか、みんなの表現がそれで正解だよねっていう時代になってきていると思うんです。だからYBA的な価値観が2020年代的に繰り返されているとは思うものの、また質が違うというか。

──彼らがDIYでやっていたことは、いまでは誰もが当たり前にやっていますよね。だからYBAの方向性は本来ばらばらで、テート・ブリテン現代美術部門キュレーター、ヘレン・リトルが言うように「スタイルではなくアティテュード」だった。ただ当時は、チャールズ・サーチのような存在が束ね、「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」とラベリングすることで商品価値が生まれた面もあると思います。

平岩 そうですね。チャールズ・サーチはサーチ・ギャラリーのファウンダーで、サーチ & サーチという広告代理店のトップだった人ですが、その人がプロデューサー的に、半ば無理矢理に束ねたわけですよね。そこは大きいのかなと思います。昨日ちょうどつやちゃんと話したんですけど、昨今の表現は「私性」を出した表現で、まとまらないし、まとめる人もいないし、まとめるのが野暮だという価値観があるっていう。それとは対極だなと思います。YBAっていう名前自体もだいぶ雑じゃないですか。だって、「若いイギリスの芸術家」ですよ?

平岩壮悟

野中 確かに、特に「ブリティッシュネス」がテーマというわけでもない。イギリスで活動していればYBA。若くない人が含まれることもある。

平岩 そうですよね。あと、チャールズ・サーチで面白いなと思ったのは、サッチャーを勝たせたのがサーチ & サーチでもあるわけですよね。「Labour isn't working(労働党は機能していない)」っていうキャッチコピーでかっこいい選挙戦のポスターを作って、サッチャー率いる保守党が勝った。そのサッチャー政権が推し進めた「小さな政府」によって醸成された、自分たちで自活しなきゃいけないという新自由主義的な状況のなかから、自ら企業スポンサーを募って展覧会を開催する起業家、DIY精神溢れるダミアン・ハーストのようなYBAの作家たちが出てくるわけですが、今後はサーチがYBAの作品をガサッと青田買いをする。さらにはそのコレクションをロイヤル・アカデミーという“イギリス美術の殿堂”で展示して、YBAというゆるふわパッケージを既成事実に仕立て上げた、という。とすると、YBAはサーチによる壮大なマッチポンプ劇場だったという見方もできるんですよね。

「Labour isn't working(労働党は機能していない)」のポスター 出典:Jheald Labour Isn't Working via Wikimedia Commons

現代につながるYBA

つやちゃん 今回の展覧会のキーヴィジュアルがあるじゃないですか。

平岩 ヴォルフガング・ティルマンスの写真ですよね。

つやちゃん あの写真も、いまのハイパーポップのアーティストとかチャーリーXCXのジャケ写みたい。クィアを記号やスローガンとしてではなく、ただそこに生きている人の距離感として撮ってる感触がある。これも現代にすごく通じるものがありますね。改めてインパクトがすごいなと思います。

ヴォルフガング・ティルマンス ザ・コック(キス) 2002 テート美術館蔵 © Wolfgang Tillmans, Courtesy of Maureen Paley, London; Galerie Buchholz; David Zwirner, New York

野中 いまみたいに誰もがスマホで写真を撮れる時代じゃなかったからこそ、当時の写真作品は貴重なものとして残っているんですよね。でも、今日のキッズのカメラロールに入っている写真も、同じくらい豊かな価値があるのかもしれない、とも感じます。私はジリアン・ウェアリングの《誰か他の人があなたに言わせたいことじゃなくてあなたがそれらに言わせたいことを言うサイン》(1992〜93)が好きなんです。街で人に声を掛けてメッセージを書いてもらって、それと一緒にポートレートを撮る。この見た目でこんなこと言うんだ、という驚きもあるし、単純に「あなたが言いたいことを言うサイン」ではないところに、アート作品だからこその解釈の幅がある。ヴィジュアルと言葉が組み合わさって生まれる面白さは漫画っぽいと言えるかも。《ダンシング・イン・ペッカム》(1994)も含め、どこにでもいる人の一瞬をすくい上げる表現は、いまのSNSのショート動画にもつながっているなと思います。誰もが日常を記録するいま、その視点はさらに身近なものになった。

ジリアン・ウェアリング Signs that say what you want them to say and not Signs that say what someone else wants you to say I'M DESPERATE,1992 - 3 Credit and courtesy: © Gillian Wearing. Courtesy Maureen Paley, London, Regen Projects, Los Angeles, and Tanya Bonakdar Gallery, New York.
「センセーション」ブルックリンミュージアムでの巡回展(1999〜2000)の会場風景。右がトレイシー・エミンの《私が一緒に寝たすべての人たち 1963-1995》(1995) 出典:Brooklyn Museum, No restrictions, via Wikimedia Commons

つやちゃん トレイシー・エミンのあのテントの作品《私が一緒に寝たすべての人たち 1963-1995》(1995)がすごく好きなんですけど。あれも、性的関係を持った人ももちろん入っていると思うんですけど、もうちょっと広くとらえて、自分と親密な関係を築いてきた人たちの名前がずらっと並んでいる。それも「ログを残す」みたいな意味で、現代のアーティストがやっている表現活動と近いと思うんです。未完成でもいいから曲や服を作って、それをどんどんInstagramに載せていくみたいな。だから「超わかる」というか。

野中 「Instagramじゃん」って思いますよね。

──実際にここ数年、Z世代以降の若い世代が90年代のカルチャーに共感して、それを「エモい」ものとして受け取っているという状況がありますよね。それは先ほどおっしゃったようなリンクがあるからなのでしょうか。 

つやちゃん まあ、やっぱり社会背景なんじゃないですかね。もうユートピアはないよねっていう価値観を持ったうえでクオリティ高いものを作っていこうっていう。志っていうよりはただ生きている状態を、未完成でもいいからログとして残していくみたいな。そこにはちょっと諦めみたいなのもあるんじゃないかなと思います。

鼎談の様子

平岩 確かに。いま、日本の失業率がどうなっているのかはわからないですけど、相対的貧困とかワーキングプアが多くて、最近は物価も上がるいっぽうの日本は、当時のイギリスと近い状況にあるかもしれないですね。生活の逼迫感というか、人生のどん詰まり感。未来が見えない。お先真っ暗感。

ちょっとダサいがかっこいい、当時のファッションシーン

──ファッションの面でも数年前から90年代のリバイバルが起きていますよね。

平岩 オアシスのあの感じとか、ダッドな感じというか、ちょっとダサいのがかっこいいみたいなのはこの数年きている感じがありますね。

オアシス

──当時オアシスのことをファッション的にかっこいいって感じている人ってほとんどいなかったと思うんですけどね。

平岩
 10年前ならダサいと感じていたものが、いまは逆にクールだよね、という反動もあると思います。『i-D』や『Dazed』でもよく取り上げられていますが、いわゆるデジタルネイティブ世代がプレ・インターネット期、つまりYBAの時代のセレブ写真などを「めっちゃいい」と再評価している。日本でもコンデジ的な質感や「写ルンです」的テクスチャーが支持されていて、その感覚はすごく共通していますよね。20年前だと少し古く感じるけれど、30年ほど経つとちょうどいい距離が生まれるのかもしれない。

年末に『トレインスポッティング』(1996)を見返したんですが、これが本当によくて、少し涙が出るくらい刺さったんです。レントンが走る場面はまさに逃避で、行き場のない人生から抜け出そうとする感覚が強く伝わってくる。ドラッグに溺れた日々から抜け出し、社会に適応して生き延びていくしかない。ネオリベラリズムのなかで生きざるを得ない、みたいな少し情けない着地が、すごく丁寧な「諦め」に見えて。これって2026年を生きる自分たちの姿でもあるな、と。そこが自分に響いたんですよね。

野中 そういう絶望が前提でありつつも、やっぱりイギリスのソーシャリズムとのつながりを感じさせる作品もYBAにはあって。たとえばジェレミー・デラーは社会運動のバナー(横断幕)を作品にしたり、炭鉱労働者のストライキをリエナクトメント(再現)する映像(《オーグリーヴの戦い》、2001)を作ったりしていますよね。もはや純粋にはできないというか、運動は一回挫折してるんだけど、でも引き継いでいこうという意志もある。

「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」(国立新美術館)会場風景より、ジェレミー・デラー《世界の歴史》(1997-2004、テート美術館蔵)

平岩 社会的なアクションでもあったってことですね、YBAのアートは。

野中 いろんな背景の人がいますよね。モナ・ハトゥムはパレスチナにルーツを持ち、レバノンで育って、70年代に渡英したアーティストです。ハーストたちより上の世代だけれど、今回の展覧会にも含まれていますよね。彼女は萩原弘子さんの『この胸の嵐──英国ブラック女性アーティストは語る』(現代企画室、1990)に収録されている80年代後半のインタビューで、イギリスでは少し前まで反核・反戦運動が盛んだったけれど、自分には特権的な平和の議論に聞こえて共感できなかった、と語っています。「40年間の平和を守ろう」という論理より、世界各地で続く現実の戦争について語るべきだ、と。昨年、日本のメディアが「戦後80年」と書くのをさんざん見てきた身としては耳が痛いですよね。

──90年代、ブレア政権はカルチャーを国策化し、アートは世界へ広がりましたよね。希望の星だったブレアも、9.11後の対米同調で評価が一変しました。

トニー・ブレア


野中 急落しましたよね。

──ブレア政権に接近していたアーティストたちはどういうスタンスを取ったんでしょうか。

野中:それも人によりますよね。ティルマンスとかはガンガン反戦活動をしていたし。そこからさらにバンクシーみたいな、制度に回収されない表現を指向するアーティストが注目を浴びるようになってきたんじゃないでしょうか。

バンクシーの作品

感情に共感を覚える現代社会

──いま、イギリスの若い子が90年代のカルチャーいいなという感覚は、わりとその政治性な要素が綺麗に漂白されてるというか、ろ過されてる感じもありますよね。オアシス再結成のリアクションもそう思って。

つやちゃん それは政治性が消えたというより、もはや歴史的な前提になっているということなのかもしれないですね。いまは理論がなくなったというより、ある程度共有された土台になっている。フェミニズムやクィア理論もそうで、それを毎回説明するより、まず感覚として出すほうに流れている。YBAも理論的背景はありつつ、表面では感覚として提示していました。その点で、いまの状況とどこか通じる部分があると思います。だからまず「自分はこう感じる」と表現する方向に流れているのかな、と。

野中 いろいろ突っ込まれるリスクが高まっているから、主語があくまでも「私」になるのかな。

──そういう人たちがYBAの、爆発してる「私性」みたいなところをどう見るのかなっていうのは気になりますね。

平岩
 ピンクパンサレスを聴いている人とかにこの展覧会に見てほしいですね。

つやちゃん ハマりそう。ピンクパンサレスがドラムンベースをガーリーに再解釈しているように、YBAもいまはステートメントとして読むより、まず作品の質感として受け取ることができると思うんです。でもそこから「なんでいまの時代とこんなに感覚が近いんだ?」って社会背景的なところを探っていったら面白いかもしれません。どこが現代と共通していて、どこが違うんだろうっていう。その入口になりそうな企画展ですよね。

平岩 僕、この展覧会、行ったら泣いちゃうかもしれないです、刺さりすぎて。『トレインスポッティング』で泣いたんで(笑)。

野中 最後に聞きたいのですが、気になるアーティストはいますか? 私はお話した通り、ジリアン・ウェアリングとジェレミー・デラーが楽しみです。

平岩 やっぱりティルマンスと、ブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴもすごく見たいなと思っていたんで楽しみです。あと、同じく映像作家のマーク・レッキー。イギリスのユースカルチャーと服の歴史を映像フッテージにした作品が出るらしいんで。それは楽しみですね。

ウォルフガング・ティルマンス 座るケイト 1996 テート美術館蔵 © Wolfgang Tillmans, Courtesy of Maureen Paley, London; Galerie Buchholz; David Zwirner, New York
マーク・レッキー《フィオルッチは私をハードコアにした》1999 テート美術館蔵 © Mark Leckey. Courtesy the artist and Cabinet, London

つやちゃん サラ・ルーカスやトレイシー・エミンは、当時はあまりに直接的で戸惑いもありました。でも彼女たちの個人史を知ったうえで作品を見ると、たんなる挑発ではなく、生き延びるための形式だったんだと感じられる。そうした背景を知った上で、作品に向き合いたいなと思います。

サラ・ルーカス 煙草のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子Ⅱ) 1999 テート美術館蔵 © Sarah Lucas. Courtesy Sadie Coles HQ, London


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野中モモ
ライター/翻訳者。ロンドン大学ゴールドスミス校で美術史を学ぶ。著書に『デヴィッド・ボウイ 増補新版──変幻するカルト・スター』、訳書『読書と暴動』など。

つやちゃん

文筆家/ライター。カルチャー領域で執筆を展開するほか、企画や監修なども多数。著書に『わたしはラップをやることに決めた』『スピード・バイブス・パンチライン』など。

平岩壮悟
編集者。i-D Japan編集部を経て独立。文芸誌やカルチャー誌、ファッション誌への寄稿のほか、書籍の企画・編集を手がける。訳書にヴァージル・アブロー『ダイアローグ』。ポッドキャスト「AfterParty」共同ホスト。

小川智宏

小川智宏

ライター。音楽/カルチャー領域を中心に各メディアで執筆中。著書に『オアシス 不滅のロック物語』(ハヤカワ新書)。