会場風景より、左から田中敦子《Work 1963 B》(1963)、《作品 66-SA Work 66-SA》(1966)、一番右は《地獄門》(1965-69) ©︎ Kanayama Akira and Tanaka Atsuko Association
展覧会「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」が、東京国立近代美術館で12月16日に開幕した。会期は2026年2月8日まで。
本展は、1950年代から60年代にかけての女性美術家たちの創作活動を「アンチ・アクション」というキーワードから見直し、日本の近現代美術史の再解釈を試み。学術協力者である中嶋泉の著書『アンチ・アクション──日本戦後絵画と女性画家』(2019)におけるジェンダー研究の観点を足がかりに、14人の女性作家による約120点の作品を紹介する。
出品作家は、赤穴桂子、芥川(間所)紗織、榎本和子、江見絹子、草間彌生、白髪富士子、多田美波、田中敦子、田中田鶴子、田部光子、福島秀子、宮脇愛子、毛利眞美、山崎つる子。担当学芸員は成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)。
展覧会は豊田市美術館(10月4日〜11月30日)を皮切りに、東京国立近代美術館の会期終了後、2026年3月25日〜5月6日には兵庫県立美術館でも開催される。
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1950年代から60年代当時、フランスを中心に隆盛した抽象芸術運動「アンフォルメル」は日本にも大きな影響を及ぼした。伝統的な形式に依らず「未定形」を志向する制作や、偶然性・素材の抵抗を重視する姿勢は、のちに「アンフォルメル旋風」と呼ばれるブームを巻き起こし、それに応じた批評言説の後押しにより、日本ではこの時期に短期間ながら女性美術家が前衛美術の領域で大きな注目を集めた。運動の提唱者であるフランスの批評家ミシェル・タピエは、当時ほとんど無名だった福島秀子や田中敦子ら女性美術家を積極的に取り上げた。また素材や制作手法に関心が注がれたことで、制作主体のジェンダーという観点は一時、後景に退くことになる。
しかし数年後には、女性美術家たちは再び批評の中心から外れていく。その背景にあったのが「アクション・ペインティング」という様式概念の流入だ。「アンフォルメル」が一時的な旋風に過ぎなかったとみなされた1960年代以降の日本では、ジャクソン・ポロックに代表される床置きのキャンバスに絵具をまき散らす制作行為やパフォーマンスへの関心が高まり、豪快さや力強さといった男性性と親密な「アクション」の概念に男性批評家たちが反応したことで伝統的なジェンダー秩序の揺り戻しが生じたのだ。
本展のカタログでは、展覧会のキーワードとなる「アンチ・アクション」について、「日本では男性の美術家を中心に語られてきた「アンフォルメル絵画」や「アクション・ペインティング」に対し、女性の美術家たちの反応や応答、異なる制作による挑戦を論じるため」に、中嶋が『アンチ・アクション──日本戦後絵画と女性画家』において考案した用語だと説明されている。展覧会では、この視点を起点に、こうした「アクション」の時代に別のかたちで応答した女性作家たちの独自の挑戦の軌跡に光を当てる。1950年代から60年代に主に抽象絵画で注目された女性美術家たちの創作活動を検証し、その差異や多様性を紹介する。
内覧会に登壇した中嶋は本展について、「今回の展覧会は皆さんがどのように“見ること”を拡張できるかというところに関わっていると思っています。美術作品を実際に見ることで研究内容に納得できるということでは全然なく、研究で言っているようなことを凌駕するような作品のパワーが見えてくると思う」「この展覧会はフェミニズムの視点から始まった研究から出てきたものではあるが、美術作品──とくに今回は抽象絵画という一見とらえどこのない作品が、どれほど多様な見方ができるかを開くことができるような機会になるのではないかと思っている」とコメントした。
会場には明確な章立ては設けられておらず、解説パネルも最小限に抑えられている。冒頭では、各作家の作品が1、2点ずつ、簡単な説明とともに展示され、来場者はまず出展作家たちの表現を一望することができる。本展の趣旨や出品作家に関わる事柄を記した年表や相関図も用意されているが、詳細な背景説明は、会場各所に設置された14種のテキスト「別冊アンチ・アクション」を参照する形式だ。
その先では、作家ごとに作品が配置されつつも、どこに立っていてもつねに2、3人の作家の作品が視界に入るよう構成されている。作品同士はゆるやかに呼応し、同時代を生きた作家たちの差異やつながりが浮かび上がってくる。たとえば、いまやアイコン化し、作家としてある種神秘化されてきた草間彌生の作品も、同時代の作家たちのなかに置かれることで相対化され、新たな視点が開かれるだろう。
担当学芸員の成相は、本展の鑑賞のポイントとして、「方法」「現象」「素材」「物質感」を挙げた。
本展ではアクション・ペインティングに対して、「アクション的」でない方法を模索した作家たちの表現を紹介している。細かなタッチを繰り返して画面を覆った草間の作品や、絵具をつけた缶やスポンジなどを使ってスタンプのように「捺す」という方法で画面上に様々な形態を生み出し福島秀子など、作家ごとにその方法は多様だ。
宮脇愛子による真鍮の角パイプを連ねた立体作品は、いくつもの空洞が光を受けて様々な色合いを見せ、かたちのない「現象」を可視化する。いっぽう、白髪富士子は紙の皺やひび割れを通して、素材そのものが生み出す変化を作品へと取り込んだ。
さらに工業用の素材など、時代を映す素材の選択にも注目したい。山崎つる子や田中敦子は塗装用のペンキやラッカーをしばしば用い、画面の一部がツルツルとした艶を湛えている。
多田美波はテグスをそのまま貼り付けた絵画を制作しているほか、アクリル樹脂の可塑性を利用した立体作品を制作。田部光子は輪切りにした竹箒の柄を、道路などの補修材であるアスファルト・ピッチを使ってキャンバスに貼り付けた。作家たちはこうした戦後高度経済成長期のさなかに登場した新しい素材に刺激を受け、創作の可能性を広げていった。
多様な素材の追求とともに、多くの作家たちは作品の持つ物質感にも力を入れた。日本人女性として初めてヴェネチア・ビエンナーレに出品した画家である江見絹子は、自作の絵画を池でふやかして絵具層を剥がし、その絵具の粒をまた絵具に混ぜてキャンバスに盛るという独自の手法で画面に凹凸を作り出したという。

このほかにも反復する円とそれらをつなぐ線で構成される田中敦子の絵画の展示壁を抜けると、小さな弧が反復する草間のネット・ペインティングが並ぶなど、「反復」というキーワードを介した作品同士の響き合いも見えてくる。深い信頼関係で結ばれていた福島秀子と榎本和子の作品が向かい合う配置からは、性別に限定されない作家同士のパートナーシップも示唆される。また抽象画が大半を占めるなかで、芥川(間所)紗織と毛利眞美の人物画も目を引く。
一見掴みどころがない抽象絵画だが、会場を自由に歩き回りながら同時代の表現のなかで一つひとつの作品を丁寧に見つめ、その手法や表現の個性や差異に目を向けると新たな発見がもたらされるだろう。この時代の女性美術家たちの自由奔放な表現と豊かな実験精神を会場で体感してほしい。
あわせて、11月5日から開催されているコレクション展も訪れたい。「所蔵作品展 MOMATコレクション」では本展の関連企画として、「アクション前夜」と題し、河原温や中野淳、山下菊二、池田龍雄らの作品を通して終戦から1950年代半ばにかけての日本の美術状況を紹介。続く「『…アクション!』&『…カット!』」の展示室では、「アンチ・アクション」に対する「アクション」に関わる作家たち──アクション・ペインティングの代表的作家であるウィレム・デ・クーニングや、「具体」の白髪一雄、元永定正、吉原治良らの作品を見ることができる。本展とあわせて鑑賞することで、「アンチ・アクション」という視点がより立体的に浮かび上がるはずだ。