2025年、突如閉鎖が発表された大手ギャラリー「ブラム」の東京ギャラリー内観 撮影:Xin Tahara
2025年のアートマーケットを振り返るうえで、象徴的だった出来事はやはり、7月1日の老舗大手ギャラリーBlum(ブラム)の全世界同時閉鎖だろう。ティム・ブラムとジェフリー・ポーによって1994年にロサンゼルスで「ブラム&ポー」として開業。マーク・グロッチャンやヘンリー・テイラーなどのアメリカ西海岸拠点の作家たちを扱うだけでなく、日本の村上隆や奈良美智、近年はもの派、そして韓国の単色画の作家たちを大きくアメリカに紹介するなど独自のプログラムで、東京、ニューヨークにも拡大してきた。

それが当時開催中であったロサンゼルス、東京の展覧会を最後に、ギャラリー業務を急に閉鎖し、約半数のスタッフがレイオフされるという発表がメディアを通じてなされたため、アート業界に大きなショックが走った。ここ数年低調であると言われているグローバルアートマーケットの状況が遠因とはいえ、創業以来のパートナーであったジェフ・ポーが2年前にパートナーを解消し(その後「ブラム」と名称を変更)、その際の株式買取への出費があったこと、またニューヨークの新しいギャラリー街であるトライベッカに新たにオープンさせる予定だった大規模スペースの準備への巨額の投資、そしてギャラリーの中心的作家のひとりである奈良美智がギャラリーを離れる予定であったのではないかとも報じられており、様々な要因が重なってこの大手ギャラリーの突然の閉鎖につながったのではと考えられている。

ブラム閉鎖のニュースが報じられてのち、今年だけでも筆者が住むニューヨークの中堅・大手ギャラリー5つもが閉鎖、廃業を決めている。もともとコレクターであったアダム・リンデマンが14年運営し、米国作家だけでなく、田名網敬一やアウトサイダーアーティストとして世界的に知られる澤田真一や鵜飼結一朗を紹介していたVenus Over Manhattan、若手作家を紹介しブルックリンからマンハッタンのローワーイーストサイドに進出拡大したばかりであったClearing、そしてチェルシーで20世紀の巨匠からグラフィティアーティストまで幅広く見せていたKasmin、過去にはマレーネ・デュマスやフランシス・アリス、デイビッド・ハモンズなどのいまでは巨匠の作家を見せてきたTilton、50年にわたってブルース・ナウマンやリチャード・ロングなどを扱ってきた歴史あるギャラリーでノーマン・フォスター建築の8階建ての自社ビルにギャラリーを構えてきたSperone Westwaterなどの廃業が毎月のように報じられている。Tiltonは創業者が8年前に、Kasminもやはり創業者が5年前に亡くなっており、Kasminの場合は長年働いてきたディレクターふたりが新たにOlney Gleasonとして独立することが発表されており、新陳代謝という側面もあるだろう。

また、マーケット主導になりがちなニューヨークアートシーンになかなか出てこない国際展で活躍するアジアを中心としたインスタレーションやビデオアート作家を精力的に紹介してきたソーホーの非営利アートスペースのCanal Projectsも閉鎖が発表された。ニューヨークの外に目を向けると、パリで独自のテイストで若手作家を紹介して注目を浴びていたHigh Artの廃業が報じられている。
また廃業ではないが、今年はギャラリーの合併、縮小という動きも多かった。メガギャラリーの一角Pace(ペース)ギャラリーは今年のはじめにオークションハウスのサザビーズとのジョイントベンチャーについての交渉を報じられていたほか、10月には香港のギャラリーを閉鎖、12月にはサザビーズの元エグゼクティブ、Di Donnaギャラリーとの合弁でセカンダリーマーケットに特化した新たなPace Di Donna Schrader Galleries(PDS)をローンチした。
またパリの大手ギャラリーAlmine Rechはニューヨークのトライベッカに大きなスペースをあけるいっぽう、ロンドンのギャラリーの閉鎖を発表。ロンドンのStephen Friedmanは2年前に進出したばかりのニューヨーク・トライベッカのギャラリーの閉鎖を発表。ニューヨーク・チェルシーの老舗ギャラリーで来年毛利悠子の個展を控えているTanya Bonakdarはロサンゼルスのギャラリーの閉鎖を決めている。ベルリン発でバセリッツやポルケなどをみせてきたMichael WernerはGordon VeneKlasenとのパートナー解消を発表し、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドンのギャラリーはVeneKlasen名義での運営に切り替わる。逆に、ニューヨークの注目の若手ギャラリーBridget Donahueはロサンゼルスの若手ギャラリーであるHannah Hoffmanと合併しHoffman Donahueとして、そのままニューヨークとロサンゼルスで運営していく。
当然、これらの動きと同時に新しいギャラリーが生まれたり、新しい都市に進出して規模拡大しているギャラリーもあるが、ここまで大手、中堅ギャラリーのあいだで、廃業、規模調整、リストラがおこるというのは、近年稀にみる事象だ。グローバルなアートマーケットがここ数年低調で、そこに各ギャラリー個別の事情なども重なり、このような事態になっているということで間違いないだろう。
ただ、アメリカでも日本でも株式市場は上昇を続け、2025年だけでも2割程度の上昇をしているなか、また、トランプ大統領就任以降の一連の関税の対象にもアートが一切含まれていないにもかかわらず、アートマーケットはどうして低調なのであろうか。たくさんの関連ニュース記事などを読んでも、これらの状況の背景について、筆者が納得のいく説明を目にしたことがなく、ここで筆者なりの分析を、アートマーケットの需要について長期、中期的な視点から、そして供給側の視点とに分けて説明したい。

まず、アートマーケットの需要側の長期的な視点として、1990年代まではアメリカ東海岸と西欧にしかなかったものが、21世紀に入ってからはロシア、東欧、中国、南米、中東、そして東南アジア、アフリカと文字通り世界中に広がるなかで売り上げを急速に拡大してきたものの、これ以上拡大するエリアが地球上になくなってきた、ということ。つまり地理的に成熟してきてしまい、売り上げの伸びが長期的に鈍化している可能性が高い。
中期的には、コロナ禍のロックダウンで一瞬対面の売り上げが落ちたものの、オンラインでの活動時間が急速に伸びたことでとくに富裕層の間でエンターテイメントの一環かのようにアート作品がオンラインで買われるようになり、NFTのプチバブルも重なって、新しい層のコレクターが急増、アートマーケットが2021〜22年と拡大した。しかしコロナ禍が終焉し、その熱狂がさめ、マーケットが鎮静化したという見立てだ。

これは何もアートマーケットだけに限った話ではない。2022年の終わりから23年のはじめにかけて、GoogleやアマゾンなどのIT大手でレイオフの嵐がふきあれたことが、人々の生活が通常に戻っていく過程でコロナ禍で急拡大したオンライン活動に大幅な再調整が入ったことを象徴していたように、オンラインセールス全体で起こったことでもあるだろう。ギャラリーとしても、2022年頃まで業界全体の伸びにあわせて右肩上がりで成長していたことで新しいスペースなどに投資して規模拡大をはかっていたところ、マーケットが上記2つの波によって調整段階に入り、リストラ、もしくは廃業せざるを得ないところもでてきているということなのではないだろうか。
供給側、つまりアートギャラリーを運営するコストの側からみると、ひとつはここ数年でのインフレ、とくにニューヨークなどの大都市において、コロナ禍後に、家賃や人件費のコストが大きく高騰したことが挙げられる。また、国際物流がコロナ禍で大きく寸断され、運送コストが急上昇し、そのまま高止まりしていることも、近年ますますグローバル化が進むアート業界全体に重くのしかかっている。
さらにギャラリー閉鎖のニュースでもよく指摘されることだが、上記で述べた地理的なアートマーケットの拡大と歩調を合わせた国際的なアートフェアの増加による出展コスト負担の増大がある。スイスのバーゼルで1970年にスタートした「アート・バーゼル」はその後、マイアミ、香港、パリと増え、来年からはカタールのドーハも加わり、年5回開催される。2003年にロンドンでスタートした「フリーズ」はニューヨーク、ロサンゼルス、ソウルと会場を増やし、やはり来年からはアブダビも加わって年5回開催となる。それぞれに複数のサテライトフェアも開催される。それに加えて、「アーモリーショー」や「TEFAF」、「パリ・フォト」など中規模フェアは各都市で多数開催され、それらへの出展にはブース代だけでなく、作品の運送料、スタッフの渡航費など膨大なコストがかかる。

そして最後に、アートマーケットが金額的にも地理的にも拡大したことで、メガギャラリーと呼ばれる超大手は、北米、ヨーロッパ、アジアなど世界中に巨大なギャラリーを構え、所属作家を増やし、従業員を多く抱えて規模の経済を生かしてますます売り上げを伸ばしている状況がある。それに対して、より小規模なブラムやSperone Westwaterのような大手・中堅ギャラリーは、こうしたメガギャラリーとの競合において有力な作家をとられ、コレクター獲得競争でも勝負にならず、厳しい状況に追い込まれているといえるだろう。今年の春にはニューヨークの主要美術館の個展はメガギャラリーのひとつハウザー&ワースの作家ばかりで、「Hauser spring」と揶揄されているという、メガギャラリーと主要美術館の結びつきの強化を批判する記事が『ニューヨーク・タイムズ』に出たほど。作家の長期的な価格上昇につながる美術館での展示にさえ、メガギャラリーの影響が大きくなっているのが現状だ。
来年以降のマーケットを考えるうえで気になるのが、オークションだ。世界でいちばん大きなアートオークションマーケットのニューヨークでは、毎年5月と11月にメインのアートオークションがある。今年5月のオークションがふるわなかったのに対し、11月のシーズンはクリスティーズ、サザビーズ、フィリップスの大手3社による5日間のオークションの売り上げがなんと22億ドル (約3500億円)となり、2024年の同シーズンから77%増(2022年のピークからは30%ダウン)で予想を覆すいい結果だったようだ。クリスティーズについては、千葉県にあった美術館の運営を終了閉館してしまったDIC川村記念美術館の所蔵作品が出品されたことで日本でも話題にもなった。とはいえクリムトの作家レコードが出たり、歴史的にある程度価値が定まった作家が高く売れ、近年マーケットで伸びた現代作家などはふるわない例も散見される、入り混じった中身ではあったようだが。

もうひとつ注目したいのは、今年12月初旬に開催された北米最大のアートフェア「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」。アートフェアはオークションと違い数字が表にでないので判断は難しいとはいえ、結果は悪くはなかったようだ。そこでのトピックとしては、「バーゼル・マイアミ」が新たに創設した「Zero 10」というセクションで、デジタルアートやクリプトアートをフィーチャーしたものだ。
アート業界のいわゆるメインストリームはかなり批判的に見ているが、このセクションのおかげでテック業界、クリプト業界の比較的若い富裕層が来たのではという見方もあり、Googleの創業者のひとりセルゲイ・ブリンがメガヨットとともにはじめて「バーゼル・マイアミ」に来たというニュースもあった。地球上の地理的にはもうあまりフロンティアがないアートマーケットではあるが、次のコレクターフロンティアとして、アート業界が近年目をつけているのがシリコンバレーなのは間違いない。東海岸の金融業界の超富裕層がアートを買うようになったのに対し、それよりも若いシリコンバレーは大きな富が蓄積しているにもかかわらず、これまでにペースがパロアルトに、ガゴシアンがサンフランシスコに進出してすでに撤退しているように、なかなかアートコレクターは増えていないのが現状だ。ただ、シリコンバレーの成功者の世代が上がってきていることや新しいテクノロジーを使ったアートなどをきっかけに、少しずつ状況は変わっているのかもしれない。なんとそんな折、ハウザー&ワースがシリコンバレーの中心であるパロアルトに巨大スペースを来年オープンするようだ。成功するかどうかはわからないが、来年のアートマーケットを占ううえで示唆的なニュースといえるだろう。

アートマーケットからは少し離れるが、過去5年にニューヨークは初めてアーティストを含むクリエイティブ産業の人口が減少したとのことだ。主な理由としては当然、生活費の高騰があげられている。この記事を読んだときに思い出したのが、15年ほど前の2010年頃に自分のまわりの若いアーティストたちの多くがニューヨークから新天地を求めて当時は安かったベルリンに引っ越したこと。そんなベルリンも高くなってしまったようで、あまりそういう話も聞かなくなってしまった。いまの日本、東京や大阪、京都などは、長く続いたデフレ、近年の円安で世界の主要都市の中ではとても割安の状況であり、その15年前のベルリンと重なるなあという思いがふと頭をよぎった。インバウンドが増えて観光業が活況のようだが、円安を逆手にとって世界中からアーティストたちやクリエイティブ人材を呼び込むことで、もっと長期的で新しい産業振興につなげるチャンスなのかもしれない。