公開日:2026年4月30日

マルタン・マルジェラが語る、“不在”によって空間を満たすこと、彫刻の“不完全性” (聞き手:倉田佳子)

東京・九段ハウスでの大規模個展「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」に際して、メールインタビューを行った(構成:後藤美波[編集部])

Tops & Bottoms © “We Document Art”

1988年にパリで「メゾン マルタン マルジェラ」を設立し、「脱構築」なスタイルでファッション界に革命をもたらしたマルタン・マルジェラ。2008年の突然の引退後も、型破りな美学は色褪せることなく、いまなお熱狂的な影響力を持ち続けている。そのマルジェラが、ファッションを離れて情熱を注ぐのがアート作品の制作だ。

2021年にパリで初個展を開催した後、何度か展覧会を行っているものの、その全貌に触れられる機会は多くはない。そんななか日本では初となる大規模個展「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」が開幕した(会期は4月11日〜5月5日)。舞台は、昭和初期の面影を残す名建築「九段ハウス」。静謐な空間に点在する作品たちは、かつてそこに存在したものの記憶を呼び起こす。

Tokyo Art Beatでは展覧会の開幕に先駆け、聞き手に倉田佳子を迎え、作家へのメールインタビューを行った。開幕した展覧会は、美しい意匠を持つ九段ハウスの部屋やスペースを使い、建物全体がマルタン・マルジェラらしさに包まれた空間になっていた。今回の展示だけでアーティストとしての全貌を掴むことは難しいが、よりパーソナルな表現に触れることができる稀な機会だ。本展に臨んだ作家の言葉をお届けする。【Tokyo Art Beat】

*本展のレポート記事はこちら

「存在」そのものよりも「不在」に関心を持っている


──あなたがファッションデザイナーとしても、アーティストとしても扱っている題材に「人間の身体」があります。ファッション、アート、それぞれの領域で人間の身体に向き合うことは、どのような共通点、あるいは相違点がありますか?

私の生い立ちも影響しているのか、人間の身体は、つねに作品のなかに存在してきました。ファッションにおいて、身体は直接的に関与します。衣服に機能と動きを与える存在であり、いわば協働関係にあります。

いっぽうでアートにおいては、身体はより遠い存在になります。実際に見せるのではなく、示唆されるものです。私はしばしば「存在」そのものよりも「不在」に関心を持っています。残されたもの──痕跡や断片、気配──のほうが、ときに、より強い力を持つことがあります。

Vanitas II 「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」の展示風景

──「髪」というモチーフを頻繁に用いています。ご自身の両親や兄弟が髪に関する職業を行っていたというルーツが影響としては強いと思いますが、テクスチャ、モチーフとしての造形的・色彩的自由度、時間を感じさせるマテリアルであること、もしくは美意識の象徴など、どのような点で「髪」というモチーフあるいは素材に惹かれているのでしょうか?

髪は、私のもっとも古い記憶の一部です。子供の頃、父の理髪店で何時間も観察していた対象でした。私を惹きつけるのは、その曖昧さです。髪は生きているものでありながら、切られた瞬間にすでに死んだものでもあります。また、成長や色の変化を通して、時間の感覚を内包しています。

素材としても非常に多様で、彫刻的であると同時に親密な性質を持っています。身体に属しながら、切り離されて単独でも存在できる──その緊張関係に興味があります。

Light Test ©︎ MARTIN MARGIELA

──まだ展示を訪れたことがないので、過去の展示に関する記事や写真から想像してお聞きします(*メールインタビューを行ったのは4月初旬)。マルタンさんの展示では、作品単体というよりも、空間全体に漂う気配も表現要素のひとつにあります。日本では「間」とも言われる美学です。気配を表現する美学について、どのような定義をされますか?

私はそれを明確に定義しようとは思いません。私にとっては概念というより感覚に近いものです。何かが起こる直前、あるいはすでに起こった直後のような状況を作ることに関心があります。空ではないけれど、不在によって満たされている空間です。もしそれが日本でいう「間」に近いのであれば、何かを理解させるためではなく、見る人が感じるための余白を残すことなのだと思います。

左:Dust Cover ©︎ MARTIN MARGIELA、右:Mould(S) ©︎ MARTIN MARGIELA

安定しているようで不安定なもの。完成しているようで、欠けているもの

──ファッションでは、チームで動き、人の身体に服を着せながら完成のイメージを構築していきます。いっぽう、アート作品の制作では──もちろんクリス・デルコンさんとの対話も重要なポイントだとは思いますが──基本的には作品を完成させるまで、自己、素材、モチーフと向き合うプロセスになると思います。アート作品において最終的に制作の手を止めるのは、どのような瞬間でしょうか?

手を止めるときは非常に明確でありながら、危険な瞬間でもあります。もう何も加える必要がないと感じたときです。しかし同時に、続けてしまいたい、完成度を高めたいという誘惑がつねにあります。経験上、それは作品を壊してしまうことにもつながります。だからこそ「終える」ということは、ある種の抑制の行為でもあります。

Screen Text ©︎ MARTIN MARGIELA

──不完全性、不在性について扱うにあたって、可変性のある素材ではなく、かたちを留める表現形式である彫刻を選んだ理由を教えてください。

彫刻は固定されたものに見えますが、その内部には変化が含まれています。素材は時間とともに変わり、表面は劣化し、見る側の認識も変化します。私はこの矛盾に興味があります。安定しているようで不安定なもの。完成しているようで、欠けているものを示唆するもの。不完全性という考えは、必ずしも動きに依存するものではなく、静止のなかにも存在し得ます。

Torso III (Black)  「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」の展示風景

──シリコンや髪など身体性を感じさせる生々しさ、そして断片的に切り取られることで生まれる虚無感・無機質感の両方が今回の展示空間には同居しているのだろうと想像します。そのような相反する要素をどのように意識して構築されていますか?

それは理性的に計算して構築しているものではありません。多くの場合、素材そのものから生まれます。シリコンや髪、皮膚のような質感は強い存在感をもたらします。それらが断片化されたり、ずらされたりすると、同時に距離も生まれます。この緊張関係は私にとって自然なものです。存在と不在は対立するものではなく、共存するものだと考えています。

──九段ハウスは、これまであなたが展示してきたギャラリーやアートスペースとは異なり、もともと私邸として使われた場所です。より人がいた気配、痕跡、記憶などマルタンさんの作品を語るうえで、重要な要素を場所自体が持っていると思います。今回、この場所のどのようなところに魅力を感じて、作品と呼応しながらキュレーションされましたか?

私はこれまで、ニュートラルな展示空間よりも住宅のような場所に惹かれてきました。家には、目に見えるものだけでなく、目に見えない生活の痕跡が残っています。九段ハウスには、それぞれ異なる雰囲気や歴史、プロポーションを持つ部屋があります。作品はそれらとの関係性のなかで、それぞれの場所を見つけていきます。来場者が誰かの家に入るように空間を巡り、親密なかたちで作品と出会う──そのような体験に魅力を感じています。この建物の過去と作品の現在が対話することで、単独では生まれないものが立ち上がると考えています。

Steps ©︎ MARTIN MARGIELA

倉田佳子

倉田佳子

くらた・よしこ プロデューサー、ファッションライター、ポッドキャスター。独学で編集・執筆をはじめ、国内外のファッション、アートシーンにて取材・レポート。2019年にはヴァージル・アブロー著書『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を担当。執筆に限らず、イベント企画制作などプロデューサーとして幅広く活動。現在は、ファッションの展覧会を企画開催するべく奮闘中。2024年に始めたポッドキャスト「AfterParty」は、Spotifyが選ぶ注目の次世代ポッドキャスター として「RADAR:Podcasters 2025」選出。